シリーズ『ストーリーズ・輪島港』30歳の”釣り船”船長 営業再開の直後に襲った豪雨 変わりゆく”ふるさと”への思いと葛藤
能登地方の5カ所を継続取材し人々の暮らしや心の動きを追う、シリーズ企画「ストーリーズ」。今回の舞台は輪島港だ。元旦の能登半島地震で地盤が大きく隆起した輪島市。大きな被害を受けた港の復旧工事が続く中、2024年9月に1隻の船がなりわいを再開した。3人の子の父親でもある遊漁船 諏訪丸の山中雄飛船長を通して見えてきた、港やまちの現状とは。 シリーズ『ストーリーズ・輪島港』30歳の”釣り船”船長 営業再開の直後に襲った豪雨 変わりゆく”ふるさと”への思いと葛藤 【輪島港の基本メモ】 県内一の水揚げを誇っていたが、能登半島地震で海底が最大2メートル隆起。約200隻ある船は港から出られなくなった。製氷施設なども壊れ、地震から10ヵ月経った現在もほとんどの船は営業を再開できていない。国や県は一年で最も稼ぎ時となるズワイガニ漁解禁までに漁師たちが漁を再開できるよう、海底を土砂を取り除いたり仮桟橋を設置したりして港の復旧を急いでいる。輪島市の基幹産業である漁業をどのように再生していくか。その中心「輪島港」を取り巻く人々を追いながら漁業の現在地を見つめていく。
輪島港で営みを再開する船
2024年9月17日、夜明け前。一隻の船が生業再建に向けた一歩を踏み出した。 遊漁船「諏訪丸」だ。船長は山中雄飛さん、30歳。 港では山中さんと釣り人たちが荷物を船に運び入れていた。港の地盤は大きく隆起しており、船に乗るためには船着場から大きく降りなければならない。 遊漁船 諏訪丸 山中雄飛船長: 潮位があんまり…今日は下がってるかな、昨日はもっと乗りやすかった。(地震前は)もともと貝殻付いている部分まで海に浸かってたので。これが面だった。 船を出す環境は大きく変わってしまったが、輪島の海での釣りを楽しみにしている客は変わらずやってきてくれる。 山中さん: 釣れるか分からんすよ。 お客さん: きのうとかどうやったん? 山中さん: きのう・おとといはシケで休みで。土曜日だけ出たんです 山中さん: まだ漁師とかしっかり水揚げとか漁が出来ていない状況で、こうやって自分たちだけやらせて頂いているのをすごく感謝してますし、わざわざこうやって来て頂いているお客さんにも感謝してますし…本当に周りの人がいて今こうやって商売ができている。 輪島の海の魅力をたくさんの人に知ってもらおうと、父と2人で遊漁船を営んできた山中さん。漁師たちが漁をできない中、一足早い営業再開に葛藤もあったという。それでも漁師たちが背中を押してくれたため、営業再起を決意した。 山中さんが船を運転しながら、船室の小窓から顔を出して釣り客に話しかける。 どうやら、竿に当たりがあったかどうかを確かめているようだ。 お客さん: 当たり方あったんですが来てないっす。 山中船長: じゃあ小アラかな、でも叩いとるね(食いついてる)。 釣りあがったのは、想像よりもサイズの大きなアラだった。山中さんと釣り客が喜びの声を上げる。 山中船長: おーアラや!しかも(サイズ)上ですね、中アラ。小アラではない。 この日釣りを楽しんだのは、金沢や富山から来たおよそ10人。 富山からの常連客: 久々に来られてよかったです。すごく嬉しい。街の中はぐちゃぐちゃですけれどね、困っている人もたくさんいると思うんですがちょっとずつでも回復していってほしい。 富山からの客: 今回初めてです。すごく親切でいい船。あんまり言うとみんな来て困るんですけれどいい船見つけたなと。また是非来ようかなと。 久々の客との交流はどうかと尋ねると… 山中船長: やっぱりいいなぁとは思います。あんまり楽しいとか言葉としてよくないのかもしれませんけど、自分の中では心が騒ぐじゃないですけど、人と接しているのが楽しい 「ありがとう」「気を付けて」 客を見送る山中さん。営業を再開できた喜びを素直に言葉にしていいのか、という逡巡もあったが、この日客が輪島の海での釣りを楽しむ姿は、確かに山中さんを元気づけていた。