『極悪女王』長与千種×白石和彌が語る。試合もプロレス技も演じたキャストたちは「毎日が戦いだった」
全女時代はエピソードの宝庫。「描かれていないサイドストーリーも信じられないことばかり」
―物語のハイライトとも言えるのが敗者髪切りデスマッチですよね。実際の映像を観たのですが、最初の影武者登場から髪切りシーンまでかなり緻密に再現されていて仰天しました。 白石:時間的にすべて再現するわけにもいかず、多少ギュッとする必要はあったんです。ただその熱量は再現したかったので、可能な限り流れは守ったうえで長与さんに試合の見せ方のアドバイスをもらいながら進めていきました。 髪を切るシーンは始めたらやり切るしかないから、撮影直前まで少しでもおかしなことがないか、長与さんはじめみんなで指差し確認しながら慎重に挑みました。 長与:一回きりのことなのでみんなピリピリしていて。経験したことのない緊張感でしたね。 白石:でも長与さんが一番どっしりしていましたよ。その直前の試合の見え方を長与さんに「大丈夫ですかね?」って尋ねたら静かにコクリ……と頷いて。安心感がすごかった。 ―撮影のときはずっと長与さんとご一緒されていたんですか? 白石:いつも隣にいてくれました。プロレスだけでなく、演技についても「このシーンのときにどういうことを考えていました?」とか疑問に思ったことを教えてもらったりしていましたよ。 長与:それを演者の方に伝えると、俳優のみんなはすぐ頭の中で消化して演技に反映してくれました。 白石:長与さんが天才なんです。お芝居のことも「私が行ってきて良いですか?」って唐田さんに直接アドバイスしてくれたり。演じる本人に言われるほうが俺が言うよりずっと説得力がある(笑)。アドバイスも的確だから、映画監督もできそうだなと思って、長与さんに何か撮りたいネタないですかって聞いたりしていました。 長与:面白いネタはいっぱいありますよ。当時は最高で、年間310試合やっていましたね。 白石:正気の沙汰じゃない! 長与:あるときは営業が沖縄でダブルブッキングしちゃって。同じ時間に違う場所で全女が試合をやってるんですよ。第1試合目の子が終わったらすぐ別の場所にタクシーで飛ばして、別の場所ではその子が到着するまで試合を引き延ばさなきゃいけない。それで着いたらすぐ試合して、次の人が到着するまでその子もひたすら試合するとか。あれは大変でした。 白石:『ニュー・シネマ・パラダイス』みたい(笑)。「隣町からフィルムがまだ来ないぞ!」って。 長与:あと全女がお金があるからって、8,000万円するベンツの2階建てのバスを買ったんです。窓が開かない仕様だったんですが、そのくせ冷房がよく壊れてたから頭にきちゃって。窓を蹴破ろうとゴンゴン蹴りまくってたら会長が「長与、それだけはやめろ」って(笑)。 白石:そりゃそうだ。 長与:でも私は「こんなポンコツ買いやがってー!」と怒り心頭で。ある冬の日には、雪深いところでスリップしてまったく動かなくなったこともあったんです。次の試合時間も迫っているし、どうしよう……となっているとき、会社が私たちに言ったのは、「車をヒッチハイクして会場まで乗っけていってもらえ」ですよ? 嘘みたいですけど。 ただヒッチハイクしてみてもなかなか車は止まってくれないんです。それで仕方なく相方と顔を押し出して「クラッシュ・ギャルズです!」ってアピールしてたら乗っけてくれて。着いても選手は私たち二人しかいなくて、お客さんはすでにリングを囲んで待っていて。 ―絶対絶命だ。 長与:だから私たち……全力で歌いましたよ。これはもう歌しかないと思って。 白石:わはは! エピソードの宝庫ってこういうことですよ。掘れば掘るほど出てくる(笑)。 長与:『極悪女王』は私たちの物語をすごく格好良くつくってくれているし、観たうえでいろんな思いを馳せる方がいると思います。ただ、描かれていないサイドストーリーも信じられないことばかりで。「この会社はなんて最低なんだ」って思われるような(笑)。 白石:でもやっぱ会社のことが嫌いになれない感じが伝わってきますよね。アイツらはヒッチハイクで行かせやがって……と言いつつ、良い思い出としてニコニコ語っているあたり。 ―日本中を熱狂させていた大スターがまさかそんな風に扱われていたとは…。 長与:世間にとってはスターでしたけど、会社からはそう思われていなかったので。最低ですよ(笑)。 ―そのサイドストーリーでスピンオフや番外編もつくれそうですね。期待しています!
インタビュー・テキスト by ISO / 撮影・編集 by 生田綾