なぜ石破政権は大苦戦しているのか…自民党が総裁選で絶対にやるべきだった「禊の済ませ方」
■新首相に期待されるこれからの経済政策 【西田】ところで、次の自民党総裁のかじ取りの難しさで言えば、経済対策でも日本は大きな曲がり角を迎えています。7月には日銀が利上げを行い、株価や為替が乱高下しました。 【安田】160円を超えていた為替が、一気に20円近く円高になるという状況は、今までの金融政策の歴史から考えても予想できないことでした。アメリカの雇用統計や植田日銀総裁が「将来的にも金利を上げていく」という方向性を示したことを踏まえても。植田総裁に働きかけたと言われている自民党系の議員たちも驚いたでしょう。 【西田】自民党政権は政策目標に物価高を掲げてきました。一方、実質賃金が伸びない中での物価高は生活者にとってしんどい。岸田政権はガソリンや電気・ガス、小麦の払い下げ価格を市場価格に連動させず据え置く政策を行い、前年同月比でインフレ率を3%くらいに留めてきたので、アメリカやEUなどと比べればこれでもぜんぜんマシなわけです。そこで今後の日本の経済政策のあり方について、安田さんに聞いておきたいですね。 【安田】一つ言えるのは、経済でも政治でも我々が陥りがちなのが、絶対的な解決策や最適な経済政策が存在すると考えることです。そんなものはおそらくない。その時々で求められる答えは常に変わり、誰も答えは事前にはわからないのです。その前提に対してのアプローチは2つあります。 一つは今まである程度の時の試練に耐え、そこそこ上手くいっていた方法を継続して使うこと。まさに、日本がこれまで採ってきた選択です。ただ、僕らが意識しなければならないのは、そのような従来のやり方は不確実性が低い時代には有効だったけれど、今のような変化の激しい時代には通用しなくなりつつある、という現実です。 【西田】今までのやり方が通用しなくなりつつあるのはわかっている。でも、大きくは変えられないから、小手先で政策をころころ変えてみる。それが上手くいかなくて身動きが取れなくなっている。今の政治もそんな感じですね。 【安田】競争力や生産性を単発の経済政策で爆上げするのは不可能です。広い意味での競争力を中長期でどう高めていくのか。逆に「これをやっちゃいけない」みたいなマイナスな政策をあまりやらないのも重要でしょう。 【西田】確かに。それは大事だ。 【安田】とはいえ、一つ日本経済に対してポジティブな見方も示しておきたいところです。例えば、日本が競争力や生産性を高めていくために、僕が個人的に注目している日本への追い風があって、それは失業率が低いこと。日本は特に若年者失業率が低いので、今後、AIを中心に新しいテクノロジーが浸透してきたとき、「AIが人の仕事を奪うからやめてくれ」という政治的な反発が極めて小さいはずなんです。よって、日本は若年者失業率の高いEUやアジア諸国と比べて様々な事業分野でAIを導入しやすく、人手不足の介護の現場にロボットの補助事業を入れる、といった政策もすぐに打てるでしょう。テクノロジーやイノベーションの社会的な需要が、日本ほど高まっている国は実はないと思います。 【西田】なるほど。そうしたイノベーションを起こしていくために政治に求められるのは、未来に対する見通し、つまりは予見可能性を上げ、安定した社会をつくっていくということですよね。これは政治の役割の大原則と言ってもいい。円安でも円高でも、環境が何らかの状態に定まっていれば、企業は資源を投入しながら適応していく。生活者もそれに合わせて何らかの防衛策を取れる。短期的に小手先の政策を動かすのではなく、日本経済に対する大きな方針を定め、中長期的な視野に立って社会の不確実性を下げる。今の政治には、あらためてその原則を確認してほしいですね。 ※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年10月18日号)の一部を再編集したものです。 ---------- 西田 亮介(にしだ・りょうすけ) 日本大学危機管理学部教授/東京工業大学特任教授 1983年京都生まれ。博士(政策・メディア)。専門は社会学。著書に『メディアと自民党』(角川新書、2016年度社会情報学会優秀文献賞)、『コロナ危機の社会学』(朝日新聞出版)、『ぶっちゃけ、誰が国を動かしているのか教えてください 17歳からの民主主義とメディアの授業』(日本実業出版社)ほか多数。 ---------- ---------- 安田 洋祐(やすだ・ようすけ) 大阪大学経済学部教授 1980年東京生まれ。専門は経済学。ビジネスに経済学を活用するため2020年に株式会社エコノミクスデザインを共同で創業。メディアを通した情報発信、政府の委員活動にも積極的に取り組む。著書に『そのビジネス課題、最新の経済学で「すでに解決」しています。』(日経BP・共著)、監訳書に『ラディカル・マーケット 脱・私有財産の世紀』(東洋経済新報社)など。 ----------
日本大学危機管理学部教授/東京工業大学特任教授 西田 亮介、大阪大学経済学部教授 安田 洋祐 構成=稲泉 連 撮影=大槻純一