奥山由之×生方美久が映し出す愛おしい眼差し。『アット・ザ・ベンチ』の会話劇に通底するもの
そんな作り手の粋な計らいも無数に散りばめられている。奥山さんは生方さんとのタッグをこう語る。 「生方さんは脚本だけではなくて、莉子と徳人がこれまでにどういう関係性を築き上げてきたかを設定案に起こして書いてくださって。それがまたとても素敵なんですよ。過去にこんなことがあって、第1編と第5編の間にはこんなことが起こっていて…とト書きのように書いてくださって、アナザーストーリーとして新撮したくなるくらい。それがあったことでキャストのおふたりもお芝居をしやすかったとおっしゃっていましたし、僕自身演出をより豊かなものにできたと思います」(奥山さん) それを聞いて生方さんは首を振りながら、「私だけ本当に贅沢なことに2本書かせていただけたので、想像してもらおうと思ってあえて大事なところをすぽっと抜いたんです」と笑う。生方さんの術中にまんまとハマり、もどかしくて愛おしくて気持ちが高揚してしまい、同意を求めて思わず隣の人の肩をバシバシと叩きたくなる衝動に駆られる。すごい。もっと見たい。行かないで…とスクリーンに話しかけてしまいそうになる。そして、注目したいもうひとつのポイントは、ストーリーが進むにつれて時間の移ろいを感じること。ふたりの関係性も、季節も。そのほとんどを定点で撮影した本作では、画面奥の工事中の橋が徐々に出来上がっていることがわかるだろう。 「流動性のある作品づくりが実現できたのは温かな心持ちで参加してくださった皆さんのお陰ですし、自主制作ならではだったのかなとも思います。ベンチは変わらないけれども、四季折々、取り囲む人たちは少しずつ変わって。スケジュールが合うときにみんなで集まって、撮影したらまたそれぞれ日々のお仕事に戻って、また集まって、を繰り返せたのは本当に贅沢な時間でした。こういう作り方はなかなかできないので、皆さんの柔軟なご理解とこの企画に対する想いを持ち寄ってくださって完成した奇跡のような作品です」(奥山さん) 生方さんも続けて「この作品に嫌々参加した人っていないと思うんです。小規模でありながら、これだけの方々が集まるって、本当にすごいこと。そういう作品に参加できることは今後ないだろうし、自分自身すごく楽しくできてありがたい限りです」と締める。 取材を経て、やさしく繊細であたたかいおふたりの空気感がそのまま作品に落とし込まれたのだと知る。ふと目を向けた古びたベンチの周辺で起こる物語は、あなたにどんな感情をもたらすだろうか。ほっこりして笑って、なんだか切なくなる。どんな気持ちも正解で、どんな気持ちも不正解じゃない。泣きたくなるような夜でも、ぽかぽかとのんびりした昼間でも、あなたとともにある作品であることを願う。