夏の高校野球エンディング曲卒業から半年 ── 西浦達雄・原点回帰で新たな一歩
夕方から夜は演奏、夜からはバーテン。そんな中で運命の出会い
20歳の時にバンドマンの道へ。ミナミや北新地のキャバレーなどでピアノ演奏などを行い、夜はバーテンをやるなど朝から晩まで働いた。「18歳からの2年間で音楽の表裏を知り、裏の世界というか夜の世界の周囲には実力のあるジャズプレーヤーが右往左往してるんです」 実力者ぞろいの中、18歳からバイエルを開いてピアノを始めた西浦。「僕は18歳からピアノを始めた。ずっとやっていた人にはかなわない。裏の世界で頑張って表の世界よりスゴイと言われたかったけど、それができなかったですね」。だが、ここで転機が訪れる。北新地のある店でバーテンをしていた時、ABC朝日放送のスポーツ担当プロデューサー、因田宏紀さんと出会った。 因田さんは西浦の実力を見出し、同局スポーツの担当者らと西浦の曲を「高校野球のエンディングで流したい」と言ってくれた。今でこそ、スポーツ番組に歌が流れるのは当たり前になっているのかもしれないが、当時はそうしたスタイルはあまりなかったという。1987年「手の中の青春」という曲が同局「全国高校野球選手権大会中継」のエンディングテーマとして採用。以来、同中継に西浦の曲が使われ続けた。 長年、高校野球のエンディングを担当して思ったことがある。それは「音楽とスポーツは良く似ている」という点だ。スポーツは映像に、音楽はCDなどになったらわからないが、いずれも本当は「生」で見たり聴いたりするもの。そして、時間がたてばどちらもなくなってしまう。つまり「時間の中で表現する」という共通点があるという。 「あるピアニストが、『1日ピアノにさわらなかったら自分が感じる。2日たったら専門家が気づく。3日たったら素人が分かる』と言ってます。これもスポーツに置き換えたら同じだと思う」。西浦は高校野球のテーマ曲を担当した28年で、そんなことを身をもって感じたという。
高校野球テーマ曲卒業後は若者と生音で原点回帰
昨年の高校野球第96回大会限りでエンディングテーマ担当を卒業することを自身のブログで発表した。「本当は寂しいどころではない。人生の大半を高校野球ですごし、自身の看板にもなっていた。けど、ひとつの『区切り』でした」。自身もちょうど60歳。「定年を迎える方々の気持ちが身にしみてわかった気がする。肩書きがなくなりますしね」 だが、同時に自分がいかに高校野球を看板にしてやってきたかも分かり「考えなおさなアカン」「アーティストである自分」を持っていないということも分かったという。そこで、西浦は新たな道を進む。今までは自宅に設けたスタジオで制作を中心にやっていたが、これを機に原点へと戻り、ライブなど生演奏の活動に重きを置き「音笑夜(オワラナイト)」というライブを定期的に行っている。 バンド仲間は自分の子どもよりも年下の若者ばかり。「いつもラインなどで連絡をとり合い『自分らの中のポリシーをもって音楽をしよう』と言ってます」と西浦。「世の中で『衣食住』に携わっている人たちはえらいねん、だから僕らは、その人たちの背中を押せるだけのことしかやってないが、それが大事やし、その気持ちを持ってやっていこうと常にみんなに言ってます」とも続ける。 20年前の「阪神淡路大震災」の被災地へ歌いに行った際、涙を流して歌を聴いてくれた人が大勢いた。少年院へ慰問に行き、歌いながら舞台を降り少年たちと握手した際、きっと野球が好きだったであろう何人もの少年たちが、うれしそうにその手をずっと離さないことも。今でもそういう場面で感じた聴いてくれている人たちへの想いを胸に歌い続けているという。 今月初め、西浦はテレビ朝日「モーニングバード」の「週刊人物大辞典」で取り上げられ、28日朝も価格比較サイトのCD注目ランキングで1位、売れ筋ランキングでも5位を獲得するなど注目度は急上昇中だ。昨夏、「高校野球テーマ曲担当」という大きな仕事に幕を下ろしたが、同時に原点に戻り、新たな自分を切り開こうとする挑戦への幕は上がったばかり。きっと、きょうも歌で多くの人たちの背中を押していることだろう。 ■西浦達雄(にしうら・たつお)1954年9月22日生まれ。大阪市東住吉区出身。高校在学時に軽音楽部へ入部。ヤマハポピュラーソングコンテスト(ポプコン)関西の決勝まで進んだ。大阪・北新地などでバンドやバーテンなどを経験し、1987年「手の中の青春」がABC朝日放送全国高校野球選手権中継のエンディング曲に採用される。1991年の「瞬間」はシングルでオリコンランキング入りし話題を呼んだ。同局のドラマ「新部長刑事アーバンポリス24」のエンディングテーマ「Take Off」、「部長刑事シリーズ・警部補マリコ」のオープニングテーマ、エンディングテーマ「風に吹かれて」なども担当した。「ホテルニューアワジ」のテレビCMや、阪神甲子園球場場内BGM「炎の5回裏」、2009年までの阪神電鉄発車メロディーなどを手がけたことでも知られる。現在、毎月最終火曜日の午後7時半からは大阪市浪速区の「namba ROCKETS」で無料ライブ「音笑夜(オワラナイト)」も実施中(飲食代1000円要)。