【毎日書評】脳の進化にも影響が!睡眠研究者がわかりやすく伝える「睡眠メカニズム」最前線
『脳は眠りで大進化する』(上田泰己 著、文春新書)の著者によれば、人間の睡眠についてのこれまでの言説は、「極端に睡眠が少ない状態は健康を損ねてしまう」「病気の発症に関係するのだから健康のためには重要だ」というような、ほぼ経験則や目前の症例に基づいた知識から形成されてきたのだそうです。 科学的な睡眠研究にも長い歴史がありますが、「ヒトの睡眠中は無意識化でなんらかの生体活動が行われているようだが詳細は見えない、よって謎が多い活動である」との見解にとどまってきたのだとか。 つまり睡眠研究の長く停滞した状況によって、私たちの“睡眠についての常識”もつくられてきたということなのでしょう。 しかし、ここに来て睡眠の研究は、急速な進歩を遂げています。これまでの停滞を打ち破るようなまったく新しい理論的な研究も芽生え、睡眠の謎も少しずつ解かれつつあります。 なぜ私たちは眠るのか、眠っている時には何が起きているのか? 続々と発表される新たな発見が今後確かなものとして証明されていくことになれば、これまでの睡眠の常識や概念が刷新されていく可能性があります。(「はじめに」より) その新常識になりそうなのは、「睡眠は人間の成長、とくに脳の神経細胞の成長に必要不可欠な、きわめて大切な時間である」という人体の現実。それは、著者らの理論的な研究と観察による実験に基づいて導き出されつつあることなのだといいます。 そこで本書において著者は、自身の睡眠についての思索のプロセスを含め、これまでの睡眠研究の流れ、新しい研究と発見についての詳細と技術の解説、現在取り組んでいるという「睡眠検診」のこと、そして睡眠研究の未来について、わかりやすく解説を試みているのです。 そんな本書のなかから、きょうは第7章「『健康な睡眠』の提案」に焦点を当ててみたいと思います。
睡眠は基本的人権のひとつ
睡眠衛生のベースとなる考え方においての重要なポイントとして、睡眠が日本国憲法に定められている「基本的人権」に関わっていることを著者は指摘しています。 睡眠は、基本的人権の「社会権」に含まれる「生存権」と非常に密接であるべきで、国民が保証されるべき権利の一つであると考えられています。もちろんこれは明確に条文化されているわけでなく、国民間に広く周知されているわけでもないのですが、今後睡眠の重要さが可視化されていけばいくほど、この文脈での意識は高まっていくでしょう。(204ページより) 生存権とは、「健康で文化的な最低限度の生活をいとなむ権利」。そして、「個人の健康を維持するため、健康に生存していくために、睡眠は誰にでも保証される権利である」という考え方は、生物学の枠組みを超え、科学技術の理解とともに広まっていくべき──。 著者はそうなることを願っているそうですが、これは忘れられがちでもあるものの、睡眠衛生を考えていく際にかなり重要なポイントとなるようです。 ちなみに日本の法律に目を向けてみると、健康についての施策は戦後の「栄養改善法」(1952年)に始まり、その後は「健康増進法」などで定められてきたのだといいます。1978年からは健康増進にかかわる取り組みとして「国民健康づくり対策」が行われ、およそ10年ごとに見なおしがされているそう(2000年以降は「健康日本21」)。 この対策の方向性で、国民の健康に関する施策が進められているということ。たとえば会社や自治体からの通知によって受けている「健康診断」も、こういった健康関連の法律と施策によって実施されているわけです。(204ページより)