なぜ、今、北斎なのか? 東京五輪を前にヨーロッパの熱気を逆輸入
始まりは2011年のドイツ・ベルリン
そもそも江戸の浮世絵師の葛飾北斎がヨーロッパで一躍有名になったのは、19世紀後半にヨーロッパで起きたジャポニスム(日本趣味)によるものだ。江戸末期から明治初期にかけて浮世絵をはじめ様々な日本の美術、工芸品などがヨーロッパにわたり、ヨーロッパの文化に「化学反応」をもたらした。葛飾北斎の浮世絵はゴッホやモネ、ドガ、セザンヌなど当時のヨーロッパの作家たちに大きな影響を与え、北斎の名はヨーロッパに知れ渡る。ヨーロッパの人たちが日本文化を代表する作家として北斎の名をあげるのは自然なことなのだ。 しかし、ジャポニスムから相当の年月を経た今日、なお、葛飾北斎への関心が熱気を帯びて高まっているのはなぜだろう? 取材を進めていくと、昨今の北斎人気の発端が2011年のドイツ・ベルリンにあることがわかってきた。江戸幕府とプロイセンが修好通商条約を締結した1861年から150年に当たるこの年、ドイツ国内では日独交流150周年を記念する様々な行事が催され、ベルリンの大規模展示場「マルティン・グロピウス・バウ」では北斎展が国際交流基金などの主催で開催された。以降、パリ、ロンドン、ローマ、メルボルンなどでも大々的に北斎展が催され、中でも2014年にパリのグラン・パレ・ナショナル・ギャラリーで開催された史上最大の「葛飾北斎展」では入場者数が35万人を突破。北斎人気の高さを見せつけた。
赤富士や浪裏、北斎漫画くらいしか知られていなかった
パリの北斎展もそうだが、2011年にベルリンで開催された北斎展を監修したのは浮世絵研究家の永田生慈(ながたせいじ)氏だ。北斎のコレクションで知られる永田氏は、故郷の島根・津和野に葛飾北斎美術館を開設して館長を務め、2017年にはその膨大なコレクションを島根県に寄贈している。永田氏は北斎ブームの渦中の昨年2月に亡くなったが、当時の主催者でもある国際交流基金のウェブマガジンに掲載されている記事の中で、ベルリンの北斎展についてこんなことを語っている。 『これまでもヨーロッパでは大きな北斎展が開かれています。でも、日本もそうですが、だいたい北斎っていうといわゆる赤富士(「凱風快晴」)や浪裏の(「神奈川沖浪裏」)、あるいは「北斎漫画」くらいしか知られていません。赤富士や浪裏などの「冨嶽三十六景」のシリーズは70歳代の数年間の仕事ですし、「北斎漫画」もある限られた時期の仕事なんですね。ですけど、北斎は20歳で画壇にデビューして、90歳で亡くなるまで約70年間ずっと仕事をし、常に新しいものを追いかけた人ですから、今回は若い時期から亡くなる寸前まで、できるだけ満遍なく、この人の業績を正当に見せようじゃないかというのが趣旨でした』(『をちこちMagazine2011年10月号』の「北斎が2011年ベルリンでその全貌をあらわした」より) 葛飾北斎と北斎の代表的な作品は広く知られていたが、北斎が生涯を通じてどのような絵を描いていたのか、北斎はどのような人物だったのか、そういったことはあまり知られておらず、それは北斎作品をモナリザと並び称するヨーロッパの人にとって潜在的な関心事になっていたのではないだろうか? そんな中、2011年のベルリンでの北斎展を皮切りに、「知られざる」北斎がヨーロッパで公開されたことで、再び北斎がヨーロッパに一大ブームを巻き起こし、その熱気が巡り巡って日本にもやってきつつあるようなのだ。 今年1月17日より東京・六本木の森アーツセンターギャラリーで開催されている「新・北斎展 HOKUSAI UPDATED」(3月24日まで。会期中、展示替えあり)。この展覧会の監修者も永田生慈氏だ。新・北斎展のウェブサイトには、永田氏の功績を紹介するとともに「2005年の東京国立博物館、2011年のベルリン、2014年のパリでの北斎展などいずれも大きな反響を巻き起こしました。本展を半世紀にわたって北斎と歩んだ自らの集大成とすべく準備を進めてきましたが、2018年2月6日に逝去されました」と永田氏について記した文章が掲載されている。 ヨーロッパの美術シーンを席巻した北斎の熱気は、2019年、逆輸入される形で東京へと達し、さらなる広がりを見せ始める。2月7日~9日には東京・神田駿河台の池坊東京会館で国際浮世絵学会と日本美術アカデミーによる「国際北斎学会 in Tokyo」が開催される。これまでの北斎展の担い手たちなどが一堂に会して、北斎芸術の新たな見直しと評価を国内外に発信する予定だ。また、北斎の没後170年となる4月18日には昨年、出版された『知られざる北斎』(幻冬舎)の著者でノンフィクション作家の神山典士氏が委員長を務める北斎サミットジャパン委員会によるイベントが計画されているほか、秋には冨嶽(富士山)のふもと、静岡県富士市で北斎サミットが開催される計画も進んでいる。