タイ自動車市場で「中国勢の値下げ競争」が激化 一斉進出に市場全体の減速が重なり目算狂う
「タイの自動車市場で中国メーカーが繰り広げている値下げ競争は、自滅への道と言っても過言ではない」――。中国の民営中堅メーカー、長城汽車(グレートウォール)のタイ事業にかつて携わっていた関係者は、現在のタイ市場の苛酷さをそう話す。 【写真】日本車が多く走るタイの首都バンコクの中心部 長城汽車は、中国メーカーの中でタイ市場にいち早く進出した1社だ。同社は2024年10月、現地で販売しているSUVタイプのHV(ハイブリッド車)「タンク300 HEV」のメーカー希望価格を、期間限定で一挙に30万バーツ(約135万円)も値下げする販促キャンペーンを実施した。率に換算すると、下位グレードの場合で18%もの値下げだ。
その背景には、中国メーカーの相次ぐ進出による競争激化がある。中でも中国のEV(電気自動車)最大手の比亜迪(BYD)は、大胆な値下げで一気に市場シェアを奪い取る「中国式」のビジネスをタイ市場に持ち込んだ。 ■BYDは2年弱で3割値下げ BYDは2024年7月、タイに建設した完成車工場の竣工記念キャンペーンと銘打ち、期間限定で複数車種の希望価格を大幅に値下げした。例えば小型SUV「ATTO3(アット3)」は79万9900バーツ(約359万円)からと、同社がタイに進出した2022年末時点より3割近く安くした。
これに先立つ6月にも、BYDはコンパクトカー「ドルフィン」の希望価格を約2割引き下げ、55万9900バーツ(約251万円)からに変更したばかりだった。 2024年上半期(1~6月)のタイのEV販売ランキングを見ると、BYD車は1位にドルフィン、2位に上級セダンの「シール」、4位にアット3が入り、市場を席巻している。とはいえ、あまりに急速な値下げはBYD車の既存オーナーの反感を買い、タイ消費者保護委員会に苦情を申し立てられるトラブルも起きている。
中国メーカーの値下げ競争がタイ市場で始まったのは、2024年の初めからだ。前出の長城汽車やBYDのほか、国有大手の上海汽車集団や新興EVメーカーの哪吒汽車(ネタ)なども参戦している。 タイの自動車市場では、かつては新車販売の約9割を日本メーカーのクルマが占めていた。日本メーカーは中古車を含めた販売価格を安定させるため、中国メーカーのような(新車の)大幅値下げによる販促を打つことは稀だった。 もちろん、値下げ競争は中国メーカーにとっても本意ではない。2023年までのタイ市場は、中国メーカーの間で「成長性が高く開放的な有望市場」と見なされていた。ところが、中国勢の大量進出に加えて市場自体の成長も鈍化し、思惑が大きく外れた格好だ。