人の皮を使った本も 書物に狂わされた人々──装丁への妄執、自動筆記、行方不明の原稿
連載「『サド侯爵の呪い』をもっと楽しむ稀代の奇書をめぐる翻訳夜話」第2回
『サド侯爵の呪い』には、ギュスターヴ・フローベールの描くような愛書狂を魅了するさまざまな書物が登場する。愛書狂が求める書物の多くは、驚くほど美しい。 ギャラリー:解読不能!謎本「ボイニッチ手稿」に書かれた文字とイラスト 画像12点 たとえば小口絵というものがある。分厚い本の側面の角度を調節すると、絵が現れるという仕掛けがほどこされているのだ。動画もみつかるので(Youtube「A Hidden Art Form You’ll Flip For」など)、機会があればぜひみてほしい。 もっと奇妙なところでは、人間の皮膚で装丁した書物がある。『サド侯爵の呪い』の登場人物のひとり、フレデリック・ハンキーは個人で大量のエロティカの本を英国に持ちこんでいた蒐集家だ。彼の厳選した数少ないエロティックな本のコレクションには、性や死や拷問を想起させる露骨な装丁が施されている。彼は人間の皮膚で装丁したいと考え、できるなら生きている若い女性から剥いだ皮膚を求めていたという。 実際に人皮装丁本が存在するのか調べてみると、おぞましいことにそれはあった。『愛書狂の本棚』によれば、18世紀から19世紀頃のヨーロッパや米国では、殺人犯の記録や医学書を人の皮で装丁することが許容されており、19世紀末頃になると、人皮装丁本にはロマンチックな雰囲気さえ漂うようになったそうだ。 さて、『ソドムの百二十日』の手稿はどんなものかというと、33枚の羊皮紙を継ぎ足した幅約10センチ、長さ約12メートルの巻物だ。サドはそれを見つからないように「独房の漆喰塗りの石の壁のすきま」に隠していた。 2024年7月頭に出版の記念イベントが麻布台ヒルズの大垣書店で行われることになり、お越しいただいた皆さまに巻物を見ていただこうと、紙で作ってみることにした。なかなか細かい作業で、大雑把な私は、紙の端をぴったりと合わせる作業に難儀した。これをサドが蝋燭の灯りを頼りに看守の目を盗みながら作ったかと思うと脱帽する。