「土浦亀城邸」が復原・移築。ライト弟子の自邸、秋から一般公開
東京・青山に今年3月に竣工したポーラ青山ビルディング。その敷地内に、名建築が移築された。フランク・ロイド・ライトの弟子である建築家・土浦亀城(つちうら・かめき)が品川区上大崎に建てた自邸だ。 土浦亀城は1897年水戸生まれ。東京帝国大学工学部建築学科に在学中に帝国ホテルの現場の図面作成に携わり、卒業後に妻信子とともにアメリカに渡り、フランク・ロイド・ライトの事務所で修行。ライトの事務所の同僚だったリチャード・ノイトラや、ライトの事務所の元所員であったルドルフ・シンドラーから欧州のモダニズムについても多く学んだ。また、日本初の女性建築家である信子は、土浦邸の設計にも深く関わっている。 土浦邸は1935年に木造乾式工法によって建てられたもので、昭和初期の住宅建築を代表するインターナショナルスタイルの都市型小住宅。1995年に東京都指定有形文化財に、99年には「DOCOMOMO JAPAN」による最初の20選に選ばれるなど、高い評価を受けている。 同邸宅は土浦夫妻の没後、秘書だった中村常子が相続し、居住。約20年にわたって保存に努めた。その後、保存のために2018年に調査が開始され、20年に東京都が移築を許可。23年に解体が終わり、今年4月に移築が完了した。 印象的な白い箱型の外観。内部はリビングは吹き抜けとスキップフロアによる立体的な空間構成となっており、ふんだんに外光が入る。天井パネルヒーティングを用いた実験的な暖房設備、日本で最初期のシステムキッチンや水洗トイレなど、現代住宅かと見紛うような特徴を有している。 もとの建築は漏水とシロアリによる被害が激しく、基礎まわりの腐敗も進行していたといい、今回の復原は、オリジナルの意匠を最大限に保持しながら実施された。内外装ともに、当時の部材、あるいはそれに近いものが選定されたという。とくに内外装の色は「こすり出し」によって創建当時の色を再現。また家具やカーテン、カーペットは材料から復原するというこだわりがみられる。夫妻が使っていた生活用品も生前使用していた位置に配置するなど、当時の様子をいまに伝える工夫もなされている。 いっぽう、耐震や防水など機能面は現代のものにアップデート。今後、長年にわたってモダニズム建築を継承していく姿勢が現れている。 90年前に建てられたとは思えない現代性を有していた土浦邸。失われゆく近代建築を見事に蘇らせ、将来につなぐ今回の移築・復原について、設計・監理を務めた安田幸一(安田アトリエ主宰、東京工業大学名誉教授)はこう語る。「昭和初期の木造建築が現存する例は極めて少なく、建築界にとって大きな遺産。昭和の住宅史上最高のものが保存された。日本の大工がつくれるように設計したモダニズム建築として重要であり、土浦特有のもの。これが残されたことには大きな意義がある」。 この土浦邸は、秋から月に2日の一般公開が予定されており、1日2回~3回のガイドツアーも実施される。
文=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長) 写真 ©土浦亀城アーカイブズ