「AIが仕事を奪う」は人を過小評価している。芥川賞作家・九段理江と東大AI研究者が語る、人類の未来
「『それだけ言いに来ました』ってどういう意味ですか?」
―さきほど、生成AIを使われている箇所が実際には1文程度だというお話がありました。そのほかの「AI-built」の応答については、九段さん自身が執筆されているということですね。 九段:そうです。先ほどお伝えした1文目だけChatGPTの回答をそのまま使い、2文目以降は、「AI-built」の性格を踏まえて書いています。そのほかの部分も同様です。 今井:AIらしく見せるための工夫ってあるんでしょうか。 九段:強いて言えば、ふわっとした、実態のない言葉を使うことは意識しました。やたらカタカナを使ってみたりとか。「共感」とかもそうですよね。 今井:なるほど。プロンプト(AIに対する命令)を工夫すれば、もう少し中身のある回答を引き出すことも可能だとは思います。でも、この作品の場合は、デフォルトの薄い回答のほうがそれっぽいのかな。 ―『東京都同情塔』の執筆を始められたのは2023年の7月からだとうかがいました。AIを使用するというアイデアははじめからあったのでしょうか。 九段:最初からAIをテーマにしようと思っていたわけではなくて。これまで、編集者の方から言われたことに対し、わからなかったことを「これってどういう意味?」とChatGPTに聞いたりしていました。質問をして答えが返ってきて、また質問して……。そうしたやりとりが「なんだかショートショートっぽいな」と思ったんです。それがきっかけの一つです。 今井:ちなみに編集者の方から言われた内容ってどんなものだったんですか。 九段:前作が芥川賞の候補に残らなくて、すごく落ち込んでいたんです。それで編集者さんにご飯に連れて行ってもらって。とても楽しい時間だったんですが、別れ際に秋葉原の駅で、「九段さん、原稿待ってますね。今日はそれだけ言いに来ました」と言われたんです。 私、「それだけ言いに来た」ってどういう意味だろう、と混乱してしまって。家に帰ってからChatGPTに「『それだけ言いに来ました』とはどういう意味ですか」って聞いてみたんです。そうしたら、「強い熱意と緊迫感を感じますね」みたいな答えが返ってきて。「熱意があるってことなんだ」と思って、それで頑張って小説書こうって思えたんです。 ―なぜかポジティブな着地になりましたね(笑)。 今井:最初からAIをからかうつもりで書き始めたわけではなかったんですね。 九段:そんな意地悪なことは全然思ってなかったです。ただやっぱり、主人公の沙羅さんの性格がだんだん確立されてきて、「彼女ならこう思うだろう」みたいな感じで、AIとの距離が変わってきたというのはありますね。「AI-built」が沙羅さんの思考や生活にまで入り込んでしまっている世界観。なので最終的にはかなり重要なモチーフにはなりました。 今井:沙羅さんがもしあのキャラクターじゃなかったら、もっとポジティブに扱われていた可能性もあるんですかね。 九段:職業が違ったらもちろんあり得たと思います。