「AIが仕事を奪う」は人を過小評価している。芥川賞作家・九段理江と東大AI研究者が語る、人類の未来
いまのAIを取り巻く状況は、人類が言語を獲得し始めた時期と同じ
九段:さきほど、冒頭で『一九八四年』を想起したとおっしゃいましたよね。最後まで読んでみても、オーウェルっぽさは感じましたか? 今井:影響はだいぶ感じました。特に言語に対する感覚ですかね。ただちょっと違うのは、オーウェルが作中に登場させた新言語である「ニュースピーク」の場合、語彙が減っていきますよね。対して九段さんは、むしろ新語をどんどんつくり出している。それによって新たな現実を概念として固定させようとしているところが、オーウェルとの違いかなと思いました。 九段:面白いですね。オーウェルももちろん意識したんですけど、じつは一番参考にしたのがレイ・ブラッドベリ『華氏451度』なんです。 今井:そうなんですか。読んだのが昔過ぎてあまり覚えていないですが、本を燃やすやつですよね。 九段:そう、本を燃やしていくことで、人間の認識や意識も変容していくという内容です。それでも本を読みたいという人はいなくならず、焚書に抵抗する展開になるんですが、私はこの作品がとても好きで。 今井:なるほど。ちなみに九段さんは、「思考が言語によってかなり制御されている」と思っている派の人間ですか? 九段:うーん、そうですね。そういうふうに思っている人間だと思います。 今井:僕と同じですね。ユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』とかはお好きですか? 九段:もちろん大好きです! ハラリは全部好きで、『ホモ・デウス』も『21 Lessons』も読んでいます。 今井:やっぱりそうですか。あの本のなかで、人類の700万年以上にわたる歴史において言語を獲得したのは5万年前と、比較的最近であることが語られていますよね。そのたった5万年のあいだに人類の文明は急速に発達したわけですが、ハラリはその要因を言語の獲得にあると論じています。 そして私は、いまのAIも人類における「言語を獲得しはじめた時期」にあると思っているんです。つまり、ここからAIが一気に発展し、文明のあり方が大きく変わっていくんじゃないかと。 九段:文明論には私も強く関心を持っています。私が『サピエンス全史』を読んだのは小説家デビューの何年か前なんですが、あの本に出てくる「人類は共通の物語を持つことによって発展してきた」というテーマにとても影響を受けたんです。物語の可能性みたいなものを感じて、小説を書こうと思って。 今井:なるほど、そこまで大きな影響だとは思いませんでした。 九段:今井さんの著書(『生成AIで世界はこう変わる』)の参考文献リストにもハラリがありますね。私、ここに載っている篠田謙一『人類の起源』とかも読んでますよ。 今井:おお、そうですか。ネアンデルタール人が滅びたのも言語に起因するといわれていますよね。言語が重要なのは、「嘘を考える」ことができるようになるからだと僕は考えていて。目の前に存在しないもののことを考えられるようになる。それで、緊急時の備えなどで大きな差が出たんじゃないかなと。 九段:そうですね。私もネアンデルタール人とホモ・サピエンスの違いはなんだろうって、よく考えています。