「AIが仕事を奪う」は人を過小評価している。芥川賞作家・九段理江と東大AI研究者が語る、人類の未来
創作をコンピュータが奪うことはあり得ない
―あらためて、AIと創作の関係についてどうお考えか、お二人にうかがってみたいです。 九段:新作(2024年3月発売)の『しをかくうま』で、まさにそんなテーマの内容を書いたんです。人々の頭のなかにはAIが埋め込まれていて、その力により思い浮かべたことがすべて実現する、というような設定です。コーヒーが飲みたいと思ったらすぐに用意されるし、詩を書きたいと思ったら脳が指令を出してくれて、すらすらと詩が書ける。 そんな世界のなかで、詩を書きたいと願う人間が主人公です。自分で詩を書きたいけど、普段はAIにすべてを任せているから、たまに思考すると頭が痛くなってしまう。それでもなお、詩を書きたいともがくんですね。 今井:なるほど、面白そうです。僕は思想とか創作とかって、ただ一つのゴールが存在するといったものではないと思っているんです。科学は発展が一直線だけど、創作はある種の循環のようなもので、正解はない。そしてAIが発展しきったあとには、ゴールのないものだけが人間に残される。そんなふうに考えているので、自分にとって、その主人公はとてもまっとうな人間に感じます。 ―「なんらかのルールに縛られている主人公が必死でそれに抗う」というのは、九段作品に共通しているモチーフの一つなんでしょうか。 九段:そうですね。普段から結構、AIと人間の違いとか、ホモ・サピエンスとネアンデルタール人の違いとかについて考えていますが、テクノロジーが発展すると、人間が人間である意味もなくなってくるかなって。 私は、人間が人間である意味がなくてもいいと思っています。意味がないならないなりの表現もある。私は文学を通じて、それを考えていきたいんです。 今井:やっぱり、とんでもなく思想が強い人ですね。 九段:そういうことを考えられる小説というメディアを、私はやっぱり愛しているんですよね。今回の執筆もそうでしたが、AIも小説をつくっていくうえでのパートナーなんです。AIで思考が制限されるとか、仕事奪われるという意見も聞きますが、それは人間を過小評価しすぎている気がして。むしろ人間の弱さを教えてくれるところが、AIのいいところでもあると思っています。 今井:おっしゃるとおりですね。あえて無粋な言い方をすると、コンピュータの性能がどれだけ高まったとしても、「可能な文字の組み合わせ」の膨大さには追いつけないんです。例えば、最高性能のコンピュータでも、たった11文字の英単語の組み合わせをすべて汲み尽くすのに1年かかるといわれています。 それこそボルヘスの『バベルの図書館』じゃないですが、文字の可能性を汲み尽くすことは、それこそ人間にもコンピュータにも不可能なんです。なので、創作をコンピュータが奪うことはあり得ない。むしろ、コンピュータと一緒に面白いものを発掘していく未来を考えたほうがいいのかなと思いますね。
インタビュー・テキスト by 松本友也 撮影 by 上村窓 編集 by 服部桃子