人生は、まだまだよくわからないし、油断できないーー仕事に育児に奔走する、吉田鋼太郎63歳
俳優・演出家の吉田鋼太郎。シリアスからコメディまで、何でもきっちりと演じ切る。ドラマ・映画ではバイプレーヤーとしての評価が高かったが、近ごろは主演のオファーも増えた。映像界では「遅咲き」ともいわれるが、18歳からシェイクスピア一筋で叩き上げてきたバリバリの舞台人だ。昭和・平成とスパルタ演劇界を駆け抜けてきた吉田の目に、今の芸能界はどう映るのか。演出を手がける舞台の稽古場で、話を聞いた。(取材・文:山野井春絵/撮影:殿村誠士/Yahoo!ニュース オリジナル特集編集部)
娘がハタチのとき、僕は80代に
吉田鋼太郎、63歳。よくネットニュースでも取り上げられるが、22歳年下の妻との間に生まれた娘が1歳になったばかり。この年齢での子どもは想定外だった、と頭を掻く。 「もうメロメロですね。どんどん欲が出るんですよ。彼女が二十歳になった時、僕は80代。だからなるべく印象づけておきたいんです。予定していた10年先までは仕事を続けなきゃいけないなって、人生設計を練り直したりしてね」 健康で長生きして欲しい。人様に迷惑をかけるようなことはせず、愛されて欲しい-----吉田が娘に望むことは、特別なことではない。どんな選択も本人に任せるが、俳優にはなってほしくない、と言う。 「いや、大変だから、もう。やっぱりねえ、きつい仕事なんでね。まあ、それをやり抜くような人間に育つなら……いいかなとも思うんですけど、どういう性格なのかわかんないからね、まだ一歳だし」
吉田自身、まさに俳優という「きつい仕事」一筋で生きてきた。 芝居との出会いは、高校2年生の夏休み。英語の先生からシェイクスピアの『十二夜』という舞台のチケットをもらったのがきっかけだ。事前に原作を読んだが、よくわけがわからなかった。だが舞台を観たとたん、その面白さに胸を鷲掴みにされた。 「とにかく芝居ってすごいなと感動して。それがはじめですね。チケットをくれた先生が上智大学のシェイクスピア研究会という演劇サークル出身だったので、じゃあ、僕もそこへ行こうと決めました。それまでは、自分の将来なんてあまり考えたことはなかったです。でもそのころから、自分は一般的なサラリーマンには向いていないだろうな、と」