人生は、まだまだよくわからないし、油断できないーー仕事に育児に奔走する、吉田鋼太郎63歳
蜷川との仕事は、約20年続き、それまでの吉田の演劇人生の半分を占めた。演技をすること=自分自身を極限状態まで追い詰めること、それが蜷川流だ。 「そこまで追い詰めなくていいんだ、軽くやろうって思っても、いつの間にか追い詰めている。いや、こういう風に軽めでもいいんだな、誰にも叱られないし、声も枯れなくて楽だな、なんて思ったりして(笑)。最近は蜷川さんの呪縛から、少しずつ解かれているというか」 蜷川幸雄の遺伝子を受け継ぎ、シェイクスピア劇の名演出家となった吉田だが、昭和のようなスパルタ指導は、今はもうしないと言う。 「僕が演出する場合、俳優に負荷をかけすぎていないか、割と気にしていますかね。どうしても蜷川さんのやり方みたいなものは受け継いでいるので。なるべく普通に説明して、直して欲しい部分があれば、論理的に説明する。それに見合った稽古をしていく、それで十分進行しますから、過剰なハッパの掛け方みたいなものは、基本的にいらないかな、と思っています。『バカヤロウ、何やってんだ!』なんて若い俳優に言ったら、それこそ場が凍りつきますよ。会社でも新入社員をどやしたりしたら、やめちゃうでしょう。演劇界も、変化してますよね、今は」
怒ったことがない俳優にびっくり
現代の演劇界、若い俳優たちはどう見えているのだろうか。 「時代の変化ですから。いいとか悪いとかじゃなくてね。ただ、ビックリしたことはあるんですよ。数年前、人気俳優のM君の主演で、ある芝居を演出したんです。主人公が激怒しなきゃいけないシーンが何カ所もあるんですけど、M君に、なかなかエンジンがかからない。『なんだろうね?』と聞いたら、M君が、『僕、怒ったことがないんですよ、だから、怒り方がイマイチわからない』って。嘘だろ?(笑)。もちろん一流の俳優なので、研究してやり遂げてくれましたけど、実際に私生活で怒ったことがないから、戸惑ったそうです。驚いたんだけど、その後、注意していろいろ話を聞いたりしてると、そういう人が多いんですよね」 「ほかにも、ドラマで若い俳優をビンタするシーンがあったんですよ。その日、相手が朝からそわそわしてるから、『どうしたの?』って聞いたら、『きょうビンタのシーン、あれ、本当にはしないですよね』。『映像だから、舞台みたいにフリはできないから、するじゃないの』って言ったら、本気で怯えて。やっぱり実際にビンタされたことがないっていう」 今は、感情をあまり剥き出しにしない、という風潮がある。 スポ根の昭和時代、ハードな演劇界において、怒りや悲しみを肌で感じながら演技の勉強をしてきた吉田からすると、気持ちを体で表現することに慣れない若い俳優にギャップを感じることはあるだろう。 逆に自身が、昔では想像もできなかったような役を与えられることもある。 大ヒットドラマ「おっさんずラブ」で演じた、年下の男性に恋する上司役がまさにそれだ。 「テーマがテーマなので、リアリティが出せるかどうか不安でしたし、下手にやったら、ものすごい批判を受けるかもしれない。でもね、やり始めたら、もう振り切るしかない。結果的に、自分の役者としての幅を広げてくれた仕事になりました」