公教育の危機を救う一冊 200人以上の先生が「子どもたちの今」を証言する現場報告には一行たりとも見逃す文がない
スマホの登場から16年、2歳児のインターネット利用率は58.8%。いま教室にいるのは私たちが知る「子ども」ではない。ハイハイも体育座りもできない保育園児。教室の「圧」に怯える小学生。クラスメイトの姓すら知らない中学生。会ったその日にベッドインする高校生―― 『ルポ スマホ育児が子どもを壊す』(石井光太著/新潮社)は、保育園、幼稚園から高校まで、教育の現場で起こっていることを丹念に取材したルポルタージュだ。 「すべての子どもの学習権を保障する」という理念のもとに設立された大阪市立大空小学校で初代校長を務めた木村泰子さんは、教育現場の立て直しはこの本を読むことからスタートできると指摘する。教員も保護者も、日常になりすぎていてなかなか言葉にできないリアルな現実が客観的に言語化されているという。 *** 「お見事です。感服いたしました」 読み終えて、そんな言葉を著者の石井さんにお送りしました。まさに学校現場が待ち望んでいた一冊です。保育園・幼稚園から小中学校、高校までの200人以上の先生方に現場の声を聞いたという内容は、現場で、教員も保護者も、目にしてはいても日常になりすぎていてなかなか言葉にできないことです。リアルなありのままの子どもの事実を客観的に言語化されている。タイトルからは想像できない、タイトルを超える内容でした。 私は長年大阪で小学校教育に携わり、「子どもが主語の教育」を目指してきました。「障害児」も一緒に学びます。細かく分けるほうが教師は楽なんですが、ある程度大人数になっても、ひとりひとりをきちんと見て、向きあっていけば大丈夫なんです。ドキュメンタリー映画『みんなの学校』でその様子が映像化されたり、書籍でそのことを伝えたり、やってきた経験や知識を伝えるために、全国呼ばれるままに飛び回っています。
教育現場の負のスパイラル
今の学校現場は「自殺」「不登校」「いじめ」のいずれにおいても、過去最多の件数を更新し続けています。子どもの身の上に起きているこれらの「あってはならない」はずの出来事を、「0」にしていくために、子どもの周りには大人がいるはず。ですが、大人である教師も一筋縄ではいきません。 日々の業務に疲弊し、メディアにはブラックな職場だと記事で翻弄され、文部科学省は政治的な動きに終始し、教育委員会は守りに入って校長を管理し、校長は規律を守らせることで子どもを型にあてはめようとする。そんな連鎖が起きてしまう。 ボタンを掛け違えてしまうと、一生懸命働いているはずの教員が、特に心ある教員であればあるほど、現場を去ることになってしまう。負のスパイラルに陥るのです。 私は全国の自治体の管理職や教職員・保護者・子どもたちと連日学ばせていただいていますが、石井さんがこの本に書かれた子どもをとりまく事実は痛いほど、この負のスパイラルの過程で起こる事象と一致します。 子どもが成長していく各段階において、様々な立場の先生から深い言葉を引き出し、言語化されているのです。先生たちが語る事象にはさまざまな要因があると思いますが、先生たちが石井さんに語る現実という結果については、教育に携わる誰もが納得せざるをえません。 その意味で、本書のように一行たりとも見逃す文はなしと感じる書に出会ったのは初めてです。何度読んでも読み応えがあり頷くことばかりでした。 この本では高校までを伝えていますが、後に続く大学においても、先生の「困った」という声を大学の教員たちから多く耳にします。幼児教育のまき直しは小学校で1か月もあればできます。中学校になると、それまでの巻き戻しに1年かかると言います。高校では3年、大学の教員は「もう無理」と嘆くだけ。すべてがまぎれもない今の時代を生きる子どものリアルな事実です。もちろんスマホだけが悪いわけではなく、デジタル化の功罪は見極めないといけませんが、良いにしても悪いにしても、まずはこの本を読んで現場を正しく認識し、見直すところがスタート地点になるでしょう。