公教育の危機を救う一冊 200人以上の先生が「子どもたちの今」を証言する現場報告には一行たりとも見逃す文がない
情報過多の時代に貴重な「ルポ」
学校現場では、時代が変わっているのだから、教育も転換を、と声が上がってはいますが、「時代は変わった」が言い訳で終わる現実も残念ながら多くあります。本書には「時代が変わる」=「ホモサピエンスの環境からデジタルの環境に変わっていること」とあり、校長たちが育ってきた環境と子どもが育つ環境が全く違うこと、ベテランの先生たちと若手の先生たちの間でも違うことを伝えています。社会や学校はこの違いを二項対立にしてしまっていますが、家庭も職員室も社会も、この「違い」を互いに理解し、リスペクトし合い、共に学び合う環境をつくることから始めるしかありません。 同時に、学校現場を混乱させる一つに、あまりにも数多いマニュアル本の存在があります。「校長のリーダーシップとは」「保護者としてこんな子育てを」「教員は叱ってはいけない」「褒めて育てよう」「新しい学びとは」などすべてが大人を主語にしたマニュアル、しかもそれぞれ違うことが書いてあって、全てに従うことなんてできそうもありません。 大人が情報過多の状態ですと、目の前の子どもの表情や行動に目が行かなくなります。思い込みができると、そこにあてはまらないことが見えなくなってしまうのです。本書は、証言を整理してまとめる形式なので、一行もマニュアルめいた文がないのがありがたい。周りの大人が気づいていないその瞬間の子どもの姿や、見えていない子どもの深い背景を淡々と伝えるだけです。気づいたところから大人も変わればいいはずですが、気づかないと人は変われないのです。 本書は、まさにかけがえのない唯一無二の「ルポ」であり、必然的に子どもが主語になっています。教育という名のもとにそれぞれの子どもの本来持つ主体性を私たちは奪ってしまっていないでしょうか。本書でいう「大人ファースト」は、私が今まで警鐘を鳴らしてきた「教師が主語の教育」だとピンときました。「子どもファースト」にして子どもを主語にできる状態を取り戻すことが学校現場では急務です。 「みんなの学校」づくりは「みんなの社会」づくりにつながります。公教育の危機を救う一冊、これから、講演会で紹介していこうと思います。 ◎木村泰子(きむら・やすこ) 大阪府生まれ。2006年に開校した大阪市立大空小学校の初代校長を「すべての子どもの学習権を保障する」という理念のもと、9年間務めた。2015年には大空小学校の1年間を追ったドキュメンタリー映画「みんなの学校」が公開され、大きな反響を呼んだ。2015年春に45年間の教員生活を終え、現在は講演やセミナーで全国の人たちと学び合っている 。著書に『お母さんを支える言葉』『「見えない学力」の育て方』『「ふつうの子」なんて、どこにもいない』など多数。 ◎石井光太(いしい・こうた) 1977(昭和52)年、東京生れ。2021(令和3)年『こどもホスピスの奇跡』で新潮ドキュメント賞を受賞。主な著書に『遺体 震災、津波の果てに』『「鬼畜」の家 わが子を殺す親たち』『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』『ルポ 誰が国語力を殺すのか』などがある。また『ぼくたちはなぜ、学校へ行くのか。マララ・ユスフザイさんの国連演説から考える』など児童書も多い。
木村泰子