「ブロイラーのように勉強を詰め込むこと」に疑問を感じる親もいれば、「今は我慢」と心を鬼にする親も…中学受験の「メリット」と「デメリット」
日本は今、「人生100年」と言われる長寿国になりましたが、その百年間をずっと幸せに生きることは、必ずしも容易ではありません。人生には、さまざまな困難が待ち受けています。 【写真】じつはこんなに高い…「うつ」になる「65歳以上の高齢者」の「衝撃の割合」 『人はどう悩むのか』(講談社現代新書)では、各ライフステージに潜む悩みを年代ごとに解説しています。ふつうは時系列に沿って、生まれたときからスタートしますが、本書では逆に高齢者の側からたどっています。 本記事では、せっかくの人生を気分よく過ごすためにはどうすればよいのか、『人はどう悩むのか』(講談社現代新書)の内容を抜粋、編集して紹介します。
中学受験の功罪
現代では中学受験は特別視されませんが、それがいいのか悪いのかは、だれにもわかりません。 中学受験をさせられる子どもは、四年生ごろから塾通いなどで準備をしなければならないので、ブロイラーのように勉強を詰め込むことに疑問を感じる親もいれば、将来のため、今は我慢と心を鬼にする親もいます。 中学受験は私が小学生のころにもあって、私自身、母親に堺市から大阪市内の中学校に越境入学するための準備をさせられました。母親の考えは、大阪大学に入るためには天王寺高校のようなエリート校に入るのが有利で、天王寺高校に入るには、大阪市内の中学校に入るのが有利という逆算で、これは今の親と同じでしょう。 母は有名な進学塾の塾長に相談し、六年生のはじめから私にあちこちの模擬試験を受けさせました。学校でのテストも常に九十点以上、できれば九十五点以上を取るよう命じられました。 塾などには行きませんでしたが(私のころは塾は勉強のできない子が行くところでした)、通信教育でテストを受けさせられました。自宅で時間を決めて解答するのですが、あまりのむずかしさに焦り、貧乏ゆすりをしたせいでズボンの中に射精したことがあります。もちろん母親には言えず、恥ずかしさと情けなさで泣きそうになりました。 そんな状態ですから、校外模試で母親の期待に添う点数は取れず、進学塾の塾長に「この成績なら、無理に電車通学をするより、地元の中学のほうがいいんじゃありませんか」と言われ、私は越境入学をしなくてすみました。母親は落胆していましたが、私は小学校からの友だちと別れることもなく、クラブ活動も楽しむことができました。 ちなみに私の子どもたちは、私が海外勤務をしたため、日本の学習塾に通うこともできず、長男と次男は地元の公立中学に行きました。娘だけは中学受験をして大阪市内の中高一貫校に行きました。それは本人がそう希望したからです。 さて、中学受験の功罪については、次のようなことが考えられます。 メリット ・早くから努力し、頑張る習慣がつく。 ・合格すれば質の高い教育が受けられる。 ・合格すれば質の高い友人が得られる。 ・合格すれば達成感が得られる。よい意味でのエリート意識が育つ。 ・中高一貫校だと高校受験をしなくていい。大学までエスカレーター式に上がれるところもある。 デメリット ・早くから勉強漬けになって、勉強嫌いになる。 ・のびのびと育つ機会が失われる。 ・不合格だと幼くして挫折を経験する。 ・質の高い学校に入ると、悪い意味でのエリート意識が芽生える場合がある。 ・親の経済的な負担が大きい。 ・塾の送り迎え、電車通学の心配など心身両面で親の負担がある。 メリットには「合格すれば」という条件がついているところが重要です。いい学校を目指して受験するわけですから、合格がむずかしい学校ということで、不合格のリスクを無視できません。幸い合格しても、まわりは優秀な同級生ばかりですから、競争は激しく、入学してからも苦労する危険性があります。 中学受験が吉と出るか凶と出るか、データや統計は参考にはなっても、個人には必ずしも当てはまりません。いい学校に入っても落後する子もいますし、特別なことをしなくても、優秀な成績をあげる子もいます。我が子によかれと思って、いろいろ手を打つ親御さんも多いでしょうが、自分の価値観の押しつけになっている場合は、失敗の危険性が高いと思われます。 ある大手の学習塾では、児童に模擬試験を受けるときは、一科目すむごとに、友だちと「簡単だったね」とか「ほとんどできた」と言い合うように指導していると聞きました。実際にできたかどうかは別にして、そう言い合うことで、周囲の児童を焦らせる作戦らしいです。 小学生のときからそんなあざとい戦略を教え込まれて、はたしてよき大人になれるのでしょうか。 さらに連載記事<じつは「65歳以上高齢者」の「6~7人に一人」が「うつ」になっているという「衝撃的な事実」>では、高齢者がうつになりやすい理由と、その症状について詳しく解説しています。
久坂部 羊(医師・作家)