『冬のソナタ』のキム次長、名優クォン・へヒョ主演。新作映画『WALK UP』の見どころを語る
韓国映画界の鬼才ホン・サンス監督作品の常連であるクォン・ヘヒョが、主演を果たす新作『WALK UP』の公開にあわせて来日。長い時間をかけて信頼関係をつくりあげたホン監督との密度の濃い制作秘話や、新作の見どころを聞いた 【写真】来日した名優クォン・へヒョ
韓流ブームの火付け役となったドラマ『冬のソナタ』のキム次長として知られ、『新感染半島 ファイナル・ステージ』など、映画、ドラマと幅広く活躍する名優クォン・へヒョ。また、韓国映画はホン・サンス監督の長編デビュー作『豚が井戸に落ちた日』(1996年)以前と以後に二分されるとも言われるが、ホン監督が表現するペルソナを演じる第一人者として、クォン・ヘヒョは彼の作品になくてはならない存在だ。そんなクォン・ヘヒョが来日し、4階建てのアパートを舞台にした新作『WALK UP』とホン・サンス映画の魅力を語ってくれた。 ――イザベル・ユペールと共演した『3人のアンヌ』(2012年)以来、今回の『WALK UP』、そして最新作『A Traveler’s Needs』まで10作品にわたってコンビを組んでいるホン・サンス監督との出会いについて聞かせてください。 クォン・へヒョ 私は、1996年のホン・サンス監督のデビュー作『豚が井戸に落ちた日』を見て、彼の作品の大ファンになりました。一緒に仕事をしてみたいと思いながら、なかなか彼と出会うチャンスに恵まれず、諦めかけたていた頃、ホン監督が私の舞台を見に来て、その後、連絡をもらいました。今から遡ること12年前です。ホン監督との仕事でとても気に入っているのが、いつも総てが突然決まること。新作を撮る時は、だいたい撮影の1ヶ月前に連絡が来る。この場所で撮りたいと思っているんだけれど、君、時間ある?と。ホン監督の映画の始まりはいつも“場所”から。その場所に心を動かされたら、ここでどの俳優と撮ろうかと考え、連絡をくれるという流れです。毎度1ヶ月前の連絡なのに、本当にラッキーなことに、一度も彼からのオファーを断わることなく出演し続けて来られました。 ――映画の中ではホン・サンス監督自身を思わせる映画監督役を務め、今ではホン・サンス映画の顔となっていますね。 クォン・へヒョ 海外の映画祭でホン監督の作品が受賞すると、最近は僕がトロフィーを受け取りに行くこともあります(笑)。 先ほど、もうホン監督と組む機会はないかもしれないと諦めかけたと言いましたが、私自身40代になって彼と出会えたのもまた幸運でした。それ以前のホン・サンス監督作の登場人物は欲望をさらけ出したり、何かにすがりついたり、実際の私とはかけ離れた印象の人物が多かった。その後、監督自身とともに登場人物も変化して穏やかになった。そういう穏やかさが私に通じるから、一緒に何本も撮れているのかなと思います。 ――『あなたの顔の前に』では病気や宗教に触れ、『小説家の映画』ではキム・ミニさんとのプライベートフィルムを挿入して、人生を穏やかに肯定している眼差しが感じられました。デビュー作からホン・サンス監督作を見てこられたクォンさんにとって、その変化をどのように感じていますか。 クォン・へヒョ かつてのホン監督作品は笑えるところもあるけれど、どこかナイフの刃先を突きつけられているような、人の奥底を抉り出すような、鋭くてシニカルなところがありましたよね。一方、2010年代以降は女性が中心となる作品も増え、人生を温かい目で見つめているような印象を受けます。私はこのホン・サンス監督作の変化を素敵だなと受け止めています。 ――ホン・サンス監督の撮影は、毎日その日の分だけ台詞が渡されて撮影が始まると聞いていますが、『WALK UP』のクォンさんのように出ずっぱりの主人公の場合でもそれは同じですか。 クォン・へヒョ 今回も、君は主役で、演じるのは映画監督だよ、それが総て。それ以外のことは何も知らされません。主人公でも端役でも同じです。そのやり方は12年前からまったく変わっていません。その日の朝にスクリプトを受け取り、準備の時間は撮影までの30分から1時間だけなので、それはもう集中します。ヨーロッパを代表する大女優イザベル・ユペールさんに対してもまったく同じでしたよ。 ――『WALK UP』のラストで時間が巻き戻る構造なども、クォンさんは一切知らされず演じるわけですね。 クォン・へヒョ 『WALK UP』では主人公だったので、初日からほぼ全編に出ていますが、どんな構造なのかわかりませんでした。私が演じた映画監督は地下と1階では娘の未来を心配している父親の姿ですが、別の階に行くと、アパートの女性オーナーと娘がうまくいかなくなった話を聞いて娘を案じる。でも別の日には他の女性と暮らす男の姿が描かれて。この映画はフロアが変わるたびに、一人の人物の異なる側面を見せる構造になっている。複雑な構造ですが、とても興味深いと思いました。だから現場で展開がわからなくても、監督を信じてついていけば完成後の楽しみが待っている。その繰り返しです。完成作を観ると、撮影中に意識していなかったことが浮かび上がったり、これでいいのか?と思っていたことが問題なく回収されていたり。映画館の中で、こんな映画だったんだ!と驚くこともよくあります。 ――イザベル・ユペールさんが『3人のアンヌ』の撮影テイク数の多さに驚いたそうで、ホン監督はカメラを回しながら求めるものを探しているようだったとおっしゃっていました。その撮影スタイルは今も変わりありませんか。 クォン・へヒョ 『WALK UP』のエピローグで娘と合流するシークエンスは、1日中かけて38から40テイクは撮りました。撮影は長回しですし、台詞のリズムなど俳優たちのアンサンブルが必要です。そしてカメラのアングル、パンするかどうか、ズームイン、ズームアウトの有無、全体のテンポも含め、テイクを重ねながら修正をしていくんです。その間、即興というのもはありえません。監督が求めるものが撮れるまで、何度も繰り返し撮って、すべて望むようなものが撮れた時にOKとなる。ただ4年前の『イントロダクション』(2021年)からホン監督自らカメラを回すようになり、カメラマンとの意思疎通が必要なくなった分、以前と比べてテイク数は減ったと思いますね。 ――韓国映画は1990年代から飛躍的に発展し、クォンさん自身もその担い手となった386世代(註:韓国において1990年代に30代<3>で、1980年代〈8〉に大学生活を送り、民主化運動に共鳴した1960年代<6>生まれの人)です。その間、内側から見て来られた韓国映画は今どんな状況でしょうか。また、その中でホン・サンス映画はどういう存在なのでしょうか。 クォン・へヒョ 最近の韓国映画は以前と比べて作品の規模が大きくなりました。その分、興行的に失敗した際のリスクも当然大きくなり、リスク回避のために画一的な作品が増え、作品の多様性が失われています。またストリーミング配信作が増え、映画館で映画を観るという行為が果たしていつまで可能なのかと考えさせられます。そんな転換期の韓国映画だからこそインディーズ作品の存在価値は大きいと感じています。特にホン・サンス監督の映画作りはとても大きな意義を持っている。彼の作品では大事件も起きなければ、ファンタジー的な展開もありません。その一方で、人間関係を目を凝らして観察するホン監督作は、ごく私的なものを描いているようで、その実大きな普遍性を孕んでいる。だから観る人たちは心を揺さぶられるのです。彼は常に映画とはどのようにして作られるべきかを自問し、不必要なものをどんどん切り捨てていく。観客に自分の目で世界をしっかり見つめているかと問いかける作品を作り続けている。『WALK UP』はインディーズの小さな映画ではありますが、たくさんの刺激とたくさんの癒しを観客のみなさんが受け取ってくれたら嬉しいですね。 クォン・へヒョ 1965年、韓国・ソウル生まれ。1990年に舞台で俳優として活動を開始。ドラマ『冬のソナタ』(2002年)のキム次長役、『私の名前はキム・サムスン』(2005年)の料理長役でも知られる。ホン・サンス監督作品では、イザベル・ユペールと共演した『3人のアンヌ』(2012年)『あなた自身とあなたのこと』(2016年)『それから』(2017年)『あなたの顔の前に』(2021年)、最新作『A Traveler's Needs』(2024年)など出演多数。今作『WALK UP』は『それから』以来の単独主演作。
今作の『WALK UP』では、イ・ヘヨン(『あなたの顔の前に』などに出演)らが演じる女性たちとのアンサンブルの中、一人の映画監督の様々な側面を演じ分ける 『WALK UP』 6月28日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺、 Strangerほか全国順次公開 BY REIKO KUBO