「母親なのにグラビアやるなんて」「尻なんか出して恥ずかしい」とネットで批判…“ママグラドル”倉持由香(32)が、“世間の声”に思うこと
コンプレックスだった巨尻を武器するようになって…
――「尻職人」と名乗っているとおり、倉持さんはお尻を強みにされていましたが、そのきっかけは? 倉持 元々は巨尻がコンプレックスで、サイズも逆サバ読んでたくらいお尻は出したくなかったんですけど、とにかく全然売れなかったんです! メディアに出始めるまで9年くらい下積みしてました。 そんなときにカメラマンさんから、「もっちーはその大きなお尻を武器にした方がいい。出さなかったらただの“無駄尻(むだじり)”だよ!」と言われて(笑)。その言葉に衝撃を受けて、じゃあこのコンプレックスの尻を武器にしようと思って、前面に出した活動を始めたんです。 ――おのずと人よりお尻を出す時間が多かったと思いますが、外気にさらすことで思わぬ影響などはありましたか。 倉持 外気の影響は特になかったですけど、腰痛がひどかったですね。 ――撮影時のポーズの問題で? 倉持 そうです。顔とお尻を同じ方向に向けるんですよ。レンズの方向にグイッて感じで。それを長期間続けていたらヘルニア一歩手前みたいになっちゃって。ギックリ腰も一時期繰り返してました。 あと、長年腰を酷使していたからか、妊娠中は座骨神経痛になっちゃったんですよ。こうならないように、若いグラドルたちにはちゃんと定期的に接骨院などでメンテナンスしてほしいですね。 ――お尻のコンディションを整える作法とか、そういうものもあったのでしょうか。 倉持 撮影前は、フェイスパックを右尻、左尻にペンペンって貼ってましたね。お尻が顔みたいなものなので。
13歳で芸能活動開始…小中高大と全部不登校だった学生時代
――倉持さんは13歳のときから活動をはじめ、今年活動20周年だそうですね。学生の時は学業との両立が大変だったのでは。 倉持 それがあんまり通ってなかったんですよ。小中高大と全部不登校で。特にいじめられたとかじゃなくて、同じ時間に同じ場所に行けない、学校に行こうと思っても足が動かなくなっちゃうんです。だから、普通のお仕事もできなくて。 ――たしかにグラビアのお仕事だと時間も場所も日によって違いますよね。 倉持 そうなんです。毎日違うことはできるけど、逆に、毎日8時に定時出社とか、学校に行く、みたいなことが全くできないんです。だから、そういう自分の特性が湊に受け継がれてしまったんだろうかとか、そういうのもあって自分を責めていたんですけど。 ――ご自身の特性を活かした道を早くから見つけていた、とも言えますよね。 倉持 誰でも凸凹ってあると思うんです。発達障害はその凸凹が顕著なものだと思うので、湊に関しても、凹の部分を平らにすることに力を割くのではなく、凸を大きな凸にしていってあげたいなと思いますね。
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