見える世界がすべてV字に…俳優の渡辺隆二郎さん脳梗塞を語る
【独白 愉快な“病人”たち】 渡辺隆二郎さん(俳優/56歳) =脳梗塞ほか ◇ ◇ ◇ ずっと夢を見ていた…歌手の井上あずみさん脳出血での緊急手術を振り返る 「脳梗塞」は昨年初冬、主演映画の話が決まった時のことでした。 朝起きたらなんだか視界がはっきりしなくて、目をこすりながら立ち上がったら世界が“V字”になっていたんです! 平らであるはずの床がV字状に持ち上がって見えるという非常事態に、「これはまずいぞ」と思いました。しばらくすれば治るかと思ったら、その気配がないので近所の病院へ行くことにしました。でも、そこへ行くまでが大変でした。 頭では床が平らであることはわかっているんです。でも見える世界ではすべてがV字なので、壁を頼らずには歩けません。特に階段を下りる時は怖くて、両手で壁を押さえながら恐る恐るでした。 さらに、外に出れば人とすれ違うじゃないですか。距離感が掴めず、ぶつかってしまいそうなので、立ち止まって通り過ぎるのを待ち、誰もいないのを確認して歩き出す……その繰り返しでした。 そんな思いをしてたどり着いた病院で脳の検査を受けたところ、「メニエール病じゃないか」と言われ、その薬を処方されたんです。 ただ、家に帰ってメニエール病を調べると自分の症状とは全然違ったので、今度は名医と評判の眼科に行ってみました。いろいろな目の検査をじっくり1時間ぐらいやったところ、「これはメニエール病じゃない。滑車神経が麻痺しています。脳神経内科へ行った方がいい」と言われました。 たまたま家の近くにできた脳神経の専門病院があったので、そこでMRI検査を受けることにしました。すると、中脳の脳梗塞である「中脳梗塞」と診断されました。 中脳は、視神経に関係が深い部位です。梗塞を取り除く治療は、本来ならワーファリンという血液がサラサラになる薬を飲むのですが、ケガをすると血が止まらなくなるリスクが知られています。自分は端役の俳優で、いつケガをするか分からないので、ワーファリンは飲めないと訴えました。 残る手段は脳梗塞の回復にいいといわれるビタミンB12の錠剤を大量に飲むことと、お酒を控えて水をたくさん飲むことでした。それを続けて、治るまでに半年かかると言われました。 家の向かいにスーパーがあり、視界がV字でもなんとか食事は買いに行けました。でも、これが半年間はキツイと思い、ネットで必死に調べて、血液がサラサラになり過ぎず適度に濃度を下げてくれるサプリメントにたどり着きました。 それに加えて、やはりネットで見つけた中国鍼の専門医を訪ねて治療を受けました。中国の医師で日本語が片言でしたし、治療は眼球を少しずらして目の奥の部分に鍼を打つと言うし、怖い気持ちはもちろんありました。でも、V字世界にも耐えられないので、「信用するしかない」と思ったのです。 1~3回目は効果がありませんでしたが、4回目の治療からV字の角度が少しずつ開いて、8回目で水平の世界を取り戻しました。症状が現れてから1カ月ぐらいだったでしょうか。おかげさまで、危ぶまれた映画の撮影も無事にスタートできて、今年10月に公開されました。 ■ビールの2倍の水を飲むようにしている 今思えば、視界がV字になる3~4日前から、ビールを飲むと目の奥がキリキリ痛むことが続いていたので、あれが前兆だったと思います。 でもビールはやめられません。病気をするたび、体のことを考えてしばらくやめるのですけど、結局また飲んでしまう。毎日5本ぐらいかな。昨夜は、この取材があるから4本にしましたけどね(笑)。 利尿作用の高いビールを飲むので、最低でもビールの2倍の水を飲むようにしています。脳梗塞をやった人は、普通の人より水分補給が大事なんですって。だから水は常に持ち歩くようになりました。 脳梗塞は本当につらかった。でもそのとき励みになったのは、著名人の病気の記事です。「自分だけじゃない。大変な経験をしている人はいっぱいいるから頑張ろう」って。なので、自分も誰かの励みになれたらうれしいと思うようになりました。 脳梗塞の前には、大腸がんを2度、切除しています。43歳のとき、トイレでの大量下血から発覚し、内視鏡でがんを摘出してもらいました。早期だったので、抗がん剤も放射線治療もしていません。2度目の大腸がんは51歳の頃です。このときは「痔かな」と思うほど少量の下血でしたが、調べてもらうと腸壁の中にがんが隠れていました。見逃されるケースもある中、緑色の液体を腸壁にかけるという念入りな検査と画像診断で早期に見つけてもらい、やはり抗がん剤や放射線はせずに済みました。 去年、定期検査で大腸ポリープが6個見つかって取りましたが、体調は良く、週4日は夜に12キロ走っています。腹筋は毎朝100回。定期的に若手の役者を集めて空手の練習もしています。 病気を経て、人に優しくなりました。それまでは白杖の人を見かけても「手伝ったら失礼かな」と遠慮していたのですけど、病人友達に「無関心よりおせっかいは100倍うれしい」と言われて、自分から声をかけられるようになりました。 56歳で初主演映画もそうですけど、人生に遅すぎるということはないと思います。「ネバー・トゥー・レイト」。それが僕の座右の銘です。 (聞き手=松永詠美子) ▽渡辺隆二郎(わたなべ・りゅうじろう) 1968年、東京都出身。26歳で俳優デビューし、魚河岸や工事現場などでアルバイトをしながらテレビドラマや映画に端役として多数出演。代表作は清涼飲料ファンタのCM「ツッパリ先生編」の先生役だったが、今年10月に公開された映画「Good Dreams」で初の主演を務め好評を博している。