年末年始に一気読みしたい!本の目利き・鴻巣友季子が激賞する2024年の小説ベスト21作
あの名作がついに文庫化
今年もこの年末ジャンボおすすめ書評の時季がやってまいりました! 前編と後編で今年の注目の本、20冊あまりをご紹介する予定です。前半はやや海外文学が多く、後半はやや日本語文学が多いと思います。 海外文学の話題と言えば、今年は「文庫化したら世界が亡びる」という都市伝説を生んだあのガブリエル・ガルシア=マルケスの名作『百年の孤独』(鼓直/訳)がついに新潮文庫に入ったことがあげられるでしょう。 発売と同時にベストセラーリストを駆けあがり、30数万部を売りあげていると聞きます。翻訳文学業界が冷えこむ昨今、いったいなぜこの本だけが突出して売れたのでしょう? それをめぐっては様々な説や議論が飛び交いました。 私としては、世界的なスペイン語文学の盛り上がりの土壌や、海外でも評価が高い装画のアート性(『虎に翼』のロゴもデザインした三宅瑠人さんが手がけています)、もちろん鼓直訳のすばらしさ(スペイン語圏でも分析の対象になっています)などを理由として考えていますが、詳しくは『2025年の論点100』(文藝春秋)というムックに寄稿していますので、よかったらごらんください。ちなみに新潮文庫の海外文学では、ヴァージニア・ウルフの『灯台へ』も読まれています(拙訳ですみません)。 また、今年喜ばしかったのは、ノーベル文学賞が韓国の女性作家ハン・ガンに授与されたことですね。性別、言語、年齢などの点でマイノリティが交差した作家の選出でした。 同賞の授賞の男女比率には大変な偏りがあり、女性の受賞者は全体の14%ほどです。(2018年、スウェーデンアカデミー内のハラスメントが告発され、組織改編が行われて以後は、男女が交互に受賞しています)。 たとえば、英語圏では翻訳書の原作者の男女比は2013年のリサーチでは、驚くべきことに7対3ぐらいでした。女性作家の作品は圧倒的に翻訳されにくいという状況がありました。これを改革する運動があちこちで起き、英米圏では2010年代半ばからブッカー賞、全米図書賞、全米批評家協会賞などが翻訳文学部門を創設したり整備したりしたことも大きなムーブメントとなりました。いまや各賞の候補者数は女性作家のほうが上回っているぐらいです。 また、韓国語というのはグローバル言語としては強者ではありません。ノーベル文学賞の審査に際しては翻訳で読まれます。こつこつと良い翻訳書を出しつづけたことが受賞につながった例ですね。世界中のハン・ガン訳者の皆さんに感謝を! そしてハン・ガンさんの若さ! 受賞時53歳です。今世紀ではオルガ・トカルチュクが57歳で、莫言も57歳で受賞していますが、それより若いですね。ちなみに大江健三郎は59歳でした。先輩作家を飛び越しての受賞は、カズオ・イシグロのときも仰天しましたが、今回もうれしい驚きでした。 ほかに注目は、スペイン語圏の女性作家の勢いの良さです。2010年代後半から国際的な文学賞を席巻している観があります。アルゼンチンのサマンタ・シュウェブリン、マリアーナ・エンリケス、メキシコのフェルナンダ・メルチョール、バレリア・ルイセリ、グアダルーペ・ネッテルなどなど。1970年代のラテンアメリカ文学ブームはガルシア=マルケスを筆頭に男性作家が率いましたが、近年のブームの再来は女性作家が牽引している印象があります。 それでは、2024年の21冊です。