真面目さゆえの苦しみから救う、かけがえのない生活の術とは? アルコールに溺れる女性に差し伸べられた一筋の光
「小説現代」2024年4月号で全編公開され、はやくも各所で話題となっている『カフネ』(著 : 阿部暁子)。 【画像】言葉にできない関係性を描いた一作 「言葉にできない関係性」を描く本作を、気鋭の書評家はどう読み解くのか? 今回はあわいゆきさんによる書評を紹介します。 ---------- 阿部暁子『カフネ』 一緒に生きよう。あなたがいると、きっとおいしい。 法務局に勤める野宮薫子は、溺愛していた弟が急死して悲嘆にくれていた。弟が遺した遺言書から弟の元恋人・小野寺せつなに会い、やがて彼女が勤める家事代行サービス会社「カフネ」の活動を手伝うことに。弟を亡くした薫子と弟の元恋人せつな。食べることを通じて、二人の距離は次第に縮まっていく。 ----------
真面目なひとほど損をする?
「真面目なひとほど損をする」とよく言われます。真面目であることを愚かだと冷笑するような響きもあるこの言葉は、実際のところ的を射ているのでしょうか? 真面目に生きている人間の行動を「損得」の尺度に当て嵌めようとするのは、あくまでも社会の目線にすぎません。目標に向けてひたむきに努力を積み重ねられるひとが、「努力したところで損するかも」といった理由で自らに歯止めをかけることは、ほとんどないでしょう。 だから問題とするべきは、真面目さが「損をするか否か」ではなく――真面目なひとが物事を損得で勘定しない、それゆえに起こり得る「自らを見失ってしまう」状況と、そうした人間に手を差し伸べないままでいる社会のあり方です。 阿部暁子さんの『カフネ』は、世間から「真面目」と評され、手を差し伸べられてこなかったひとたちの物語です。主人公の野宮薫子は不屈の努力で人生を切り開いてきたと自負しており、生真面目だと自覚もしています。そんな薫子は弟の春彦が半月前に亡くなった事実を受け止めきれないまま、自らに鞭を打って、春彦の元恋人である小野寺せつなに会いにいきました。そして春彦が遺していた遺言書に則り、彼女に遺産を相続するよう頼むのですが――せつなは「いりません」と受け取りを拒絶します。春彦の意思を尊重して相続を迫る薫子と、自分を貫いて頑なに拒むせつな。二人の真面目さが正面衝突する最中に、疲労が祟った薫子はいきなり倒れてしまいます。 薫子を無理やり自宅まで見送ったせつなが目にしたのは、ぎりぎりまで追い詰められた薫子の生活でした。部屋は散らかり、冷蔵庫には缶チューハイがぎっしり詰まっている。食事がおざなりになってアルコール依存症の手前まで追い詰められても、薫子はそれを自覚できないほどに自分を見失っていたのでした。