人間六度『推しはまだ生きているか』みんな生きることを疑っている。そのうえで、なんとかして生きる希望を見つけてほしい
「生きさせられている」という感覚をなんとか表現したい
―― 最終第五編「福祉兵器309」は再び実験都市、実験社会の物語。砂漠の惑星で怪物討伐を行う老人・円狗(エンク)が主人公です。 推し活SF、婚活SFという順番で書いてきて、最後は福祉SFのつもりです。 ―― この世界では、人間は老いると「老骸(ロウガイ)」という怪物に変身する。元は人間ということで、怪物を倒す行為は「福祉」と呼ばれています。主人公の円狗は、サイボーグ化を施された「福祉兵器」。世界そのものを創造する際にはその世界独自の専門用語、造語が大事になってきますが、見事にハマっているなと感じました。 ハマる言葉を一個見つけると、作品の軸にもなるし、自分のテンションも上がるんですよね。その言葉のために書きたい、みたいな。この話はその衝動が一番強くて、最初の短編を書いた直後くらいに、「福祉兵器309」という言葉だけ思いついていたんです。「福祉」が「兵器」になるはずがないから、一発で訳が分からないのが面白いぞ、と(笑)。その言葉をタイトルにした短編を書きたいと思っていたんですが、それがどういう話になるのかがなかなか像を結んでいかなかった。そんな時に、編集さんから「これまでは若者の話ばかりだったから、違う世代のキャラクターも入れたらどうですか?」とアドバイスをもらったんですよ。そこで「希死念慮を持った娘とおじいちゃんのバディの話にしよう」とパッと思いついて、一瞬でプロットができました。 ―― 収録作中、最も長いお話になりましたよね。そして、やっぱりエモい。 砂漠の中に埋もれた、一匙の希望を掬うようなことをやりたかったんです。すごく大事なことに気づいたんだけれども、その時には、それを伝えたい相手に伝えることができなくなっている。この世界観だからできる、切ないけれど美しい状況も書いてみたいなと思っていました。 ―― 円狗とバディを組む希死念慮を持った少女・理叫(リコ)の造形が象徴的ですが、今作はどのお話にも死の臭いが溢れています。それは各編ごとにディストピア的世界を構築する過程で、自然と出てきたものなのでしょうか? 自分の中に、命というのは自分で積極的に選び取ったものじゃなくて、誰かから押しつけられているものなんじゃないかという感覚があるんです。「生きる」というよりも「生きさせられている」。その感覚をなんとか表現したいという思いが、僕が書くもの全ての出発点といえば出発点になっているんです。そうすると、キャラクターが生きることに対して何ら疑いのない存在だと、自分の中でリアリティがあまり感じられないんですよ。まず大前提として、みんな生きることを疑っている。そのうえで、なんとかして生きる希望を見つけてほしい、と願いながら小説を書いていったんです。だから、終わり方だけで言ったら、わりと前を向いた話ばっかりなんですよね。どのお話も人類讃歌、人間讃歌にはなっていると思うんです。「推しはまだ生きているか」はぬちゃっとした終わり方だから、そこだけ怪しいんですけど(笑)。 ―― 今のお話は、各編の読後感とぴったり合致します。 第一編のSDGsに始まり、いわゆる社会問題をたくさん扱っているんですが、SFの型に流し込まれているからこそ読みやすくなっている気がしています。SFの媒介なしに高齢者問題とか、婚活や推し活の問題を生々しく描こうとすると、結構グロくなると思うんですね。「これは違う世界の話だから」と頭が切り替えられているからこそすんなり読めるし、「でも、ここに書かれている問題意識は自分たちのものと一緒だよね」となる。なにより、今まで書いてきた中で一番いいものができた自信があるんですよ。SFファンはもちろん、SFに馴染みがない人にも手に取ってほしいです。 人間六度 にんげん・ろくど●作家。 1995年愛知県名古屋市生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。2021年『スター・シェイカー』で第9回ハヤカワSFコンテスト《大賞》、『きみは雪をみることができない』で第28回電撃小説大賞《メディアワークス文庫賞》を受賞。著書に『BAMBOO GIRL』『永遠のあなたと、死ぬ私の10の掟』『過去を喰らう(I am here)beyond you.』『トンデモワンダーズ(上・下)』等。 [文]吉田大助(ライター) 1977年、埼玉県生まれ。「小説新潮」「野性時代」「STORY BOX」「ダ・ヴィンチ」「CREA」「週刊SPA!」など、雑誌メディアを中心に、書評や作家インタビュー、対談構成等を行う。森見氏の新刊インタビューを担当したことも多数。構成を務めた本に、指原莉乃『逆転力』などがある。 聞き手・構成=吉田大助/撮影=大槻志穂 協力:集英社 青春と読書 Book Bang編集部 新潮社
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