幻のパン、ソロキャンプ場、多世代交流カフェ……移住者がつなぐ高齢化率「日本一」の村の可能性
薪窯が置かれた作業場で汗を流すのは、長野県塩尻市から今年3月に南牧村へ移住した2代目店長の赤津峻介さん(26)。
「工房の屋上から見上げたオリオン座の美しさで村に一目惚れしたんです」と移住のきっかけを語る赤津さん。自分の手で何かをつくりたいという思いを抱いていた赤津さんは、初代店長からパン作りの特訓を受け、今年4月から店長として工房を切り盛りしている。
「1日に130個ほど、自然と対話しつつ最後は自分の感覚を信じてパンを焼いています。酵母や天候に左右されるパン作りは理論と感覚をミックスしたもの。細かい工程にも手を抜くことなく、さらにおいしさを追求していきたいですね」(赤津さん)
神奈川県出身の古川さんが、村おこしに興味を持ったのは高校3年生のとき。東日本大震災が起きた翌年の2012年、学生が復興支援に携わるためのボランティア活動をしていた際の、宮城県石巻市のある漁村での経験にある。 「漁師さんの家に泊めてもらったんです。夜通し名産の牡蠣をいただきながら、市街地に出るには車で1時間以上かかること、高校に通うには生まれ育った村を離れざるをえないことなどを聞いた。そのときに震災前から地方が深刻な問題を抱えていることを知ったんです」と、古川さんは当時を振り返る。 「虎雄さんのように、その人にしか生み出せない技も素敵ですが、一人の人間にひもづいた文化はあっさり消え去ってしまうことも思い知りました。だから、レシピを学べば誰にでも焼き上げられる『とらのこぱん』のような仕組みを作り、長く愛される村の名産品に育てたいんです」(古川さん) 「おかげさまでパンは売り出すたびにほぼ完売となります。ただ今後は収益だけを追いかけてやみくもに生産数を増やすのではなく、働きたい人を受け入れられる場所や機会を優先して用意したい」と古川さん。
現在、サンエイト企画では10人の社員が働いており、「南牧村ではまあまあの大企業です」と笑う古川さん。今年5月からは村出身の20代女性3人も加わった。 南牧村には高校がないこともあり、若い世代は村の外に出た経験がある。採用した3人も街の生活に触れた上で「仕事があるならまた南牧村で暮らしたい」と言ってくれた。「じゃあ来週から手伝ってくれる?」と採用が決まったのだそう。 「自分には過疎の対策はわかりませんし、他の自治体と移住者の取り合いをしても面白くなるはずがない。どうすれば大事なものを残しながら暮らせるのかと考えたとき、必要なのは“前向きの空気感”。“この人といればなんとかなりそう”っていう楽しい雰囲気は本当に大切で、自画自賛になりますが、そういう価値観を少しだけ生み出せたと自負しているんです」(古川さん)