「不喰芋と蘇鐵」（1973年以前）絹本着色、個人蔵ⓒ2024　Hiroshi　Niiyama

　栃木県生まれの画家、田中一村（1908～77）は晩年に奄美大島に移住し、アダンやソテツといった島の植物を中心に豊かな自然を描いた。奄美と結びついてよく知られる画家だが、生前は画壇と距離を置いている。孤高、異端のイメージとともにその名が広まったのは死後のことだった。東京都美術館では大規模な回顧展を開催中。新発見の作品も交え、奄美に至る道のりを丁寧にたどっている。 【画像】2013年に見つかった「椿図屏風」（1931年） 　本名は孝。彫刻師だった父に書画を学び、10代の頃より画家としての実績があった。東京美術学校（東京芸術大）に入学するも2カ月で退学。その後は家族の相次ぐ死や病気を経験し、畑仕事をしながら約20年、千葉県で暮らす。奄美へと移住したのは50歳を迎えた58年。その地で生涯を終えた。 　再評価の機運は84年、NHKの特集番組が放送された後に高まった。伝説的な印象も帯びる中、2010年には、基礎的な情報を整理し直した「田中一村　新たなる全貌」展が、千葉市美術館など3館で開かれた。今回はそれ以来14年ぶりに、一村の全画業を振り返る。 　本展では時系列に300点超を展示。一村は少年期から卓越した描写力で、花鳥や山水の墨画を残してきた。初公開の「蘭竹争清図」は17～18歳の作という。気高さや強さの象徴である蘭と竹は古くから好まれた画題で、後の生き方を暗示するようでもある。20代半ば頃は従来、わずかな資料から、支援者と距離を置いた空白期間と捉えられてきた。だが、千葉市美術館の松尾知子副館長によると「全貌」展以降、新たな作品の発見が相次ぎ、実態が分かってきた。 　例えば13年に見つかった「椿図屏風」（1931年）。形を変えて描き込まれたツバキは、少年期に得意とした墨画とは方向性を異にする。風景のスケッチから、支援者がいる長野県や関西地方に滞在したことも判明したという。 　こうした時期も経た一村が、人生の終盤で縁もゆかりもない奄美に向かったのはなぜか。明確には分からない。松尾副館長は言う。「一度も筆を折らず、新境地を目指していろいろな模索や交流があったのは確か。その先に奄美がある」 　奄美時代は会場のハイライト。ガジュマルの木やビロウの葉を黒の濃淡で表現し、生命感が静かにみなぎる作品は、死去するまで奄美に住んだ一村が到達した境地だ。田中一村記念美術館（鹿児島県奄美市）の上原直哉・学芸専門員は「特別ではない植物を芸術に昇華させた。自然の中に住まわせてもらっている感覚だったのでは」と話す。 　出口近くに並ぶのは「アダンの海辺」（69年）と「不喰芋（くわずいも）と蘇鐵」（73年以前）。一村が「閻魔（えんま）大王えの土産物」と語り、力を注いだ二つの大作だ。草花や果実の奥に海がのぞく構図は、苦労の果てに別天地を求めた一村本人のまなざしを、見る者に追体験させる。　（諏訪部真） 　◇「田中一村展　奄美の光　魂の絵画」は東京都美術館で12月1日まで。