大阪の老舗アイデア銭湯「アート」とコラボで活性化図る
減少を続けている街の銭湯。しかし、活性化につなげようと銭湯とアートのコラボし活性化を図る銭湯が大阪・京橋にある。コラボしたのは50年以上の歴史を持つ「ユートピア白玉温泉」(大阪市城東区)だ。いま銭湯業界ではアートだけでなく、ミュージシャンのライブがあったり、落語家の寄席があったり、カフェを併設するなど、新たな挑戦が始まっている。一体どういう試みか。経営者に話を聞いてみた。 【拡大写真付き】北野高校・恩知忠司校長の生き方「銭湯の湯船で教育されました」
「知ってもらって体験してもらうのは大事」
同温泉で催されているのは、わくわくアートフェスタ「第一回 銭湯でアート」。1か月ほど(今月27日まで)のイベントになるが、二代目の北出守さん(57)はこう話す。 「アートとコラボしたのは、今回が初めて。うちは元々がアイデア銭湯なんです。最近は銭湯に関心のない人も増えてるから、知ってもらって体験してもらうのは大事。二代目になってもう25年くらい経ちますが、お客さんは減ってますよ。当時からしたら3割減。銭湯そのものも随分と減ってます」 30年前、銀行から大型融資を受け、建物を大改造したという。露天風呂、サウナ、プールなど7種類のお風呂を設け、規模の大きな“スーパー銭湯”と変わらない内容にした。午前6時から深夜2時まで営業し、年中無休だ。 「お風呂の中に子供用のプールを造ったのも珍しかった。当時は露天風呂もあまりなかったんやけども、高齢者のために露天風呂も造った。サウナ客用に氷風呂も始めました。当時からアイデア銭湯で、ちょっとリッチな銭湯として最初の3年くらいは客がすごく多かったんですよ」と振り返る。
「番台にいると、世相がわかりますよ」
現在、大阪府下に公衆浴場はざっと430軒あると言われ、最盛期の1970年頃は2500軒ほどあったそうで、数は激減している。各家庭に風呂ができたのが減少の要因のようだ。 「やがてスーパー銭湯が流行しましたが、スーパー銭湯の経営者がうちにこぞって見に来てましたよ」と北出さん。折しも、事業を継いだ頃は、日本がバブルに沸いた時期でもあり、その当時の思い出をこう話してくれた。 「バブル時代は昼間から遊んでいる人がいっぱいおったんです。とくに女の人で専業主婦の方が多くて、暇なのか、しょっちゅう来てました。今みたいにパートで働く人も少なかったからね」。さらに「男の人も、可処分所得が多いというか、皆さん、金使いが荒かった。中でも、不動産関係の方とか儲けてはったから、部下を10人くらい連れてきてね、下着類などみんなの分を全部新品で買うんです。1回来たら2万円くらい使ってはりました。子供さんでも当時1000円くらい使ってましたね。ゲームしたり、お菓子買ったりで。ところがそんな人はだんだん減っていって、今は皆さん、しぶいです。ほんと、番台にいると、世相がわかりますよ」と続けた。