約90兆円市場インドのアグリテック最前線とインドの農業事情
発展途上の農業体制
数々の世界一を誇るインドの農業だが、問題も山積している。 まずは、前述オーガニック農家の数字に見られるように、一農家あたりの耕地面積が狭いこと。2015‐16年の統計で一農家あたりの耕地面積は平均1.08ヘクタール(日本の平均は3.4ヘクタール、北海道は34ヘクタール)。これは1970年の2.28ヘクタールから年々減少している数字であり、2024年現在どこまで狭まっているのかは不明だ。この小規模な耕作体制に加え、バラバラな作物の作付を無計画に行っていることが、包括的な生産性の向上を阻んでいる一因といえる。 また、こうした小規模農家は融資を受けることが難しく、新しい農機具の購入や肥料、種の買い付けもできず低所得は改善されない。約半数の農家が基本的な農機具を持たず、4軒に3軒の割合で、害虫や天候による農作物の被害のリスクにさらされていると見られている。 さらに、古来の牛などを使った農法を継続している農家が多く、現代農法や最新テクノロジー、農法を変更することへの理解や知識がなく、抵抗感が強いことも事実。資金繰り以前の、こうした意識や情報不足の問題もあり、教育や知識共有の機会がないことが農家の貧困の原因として挙げられている。
莫大なアグリテックの可能性
このような問題に取り組むアグリテックの導入によって、2030年までに農業がGDPに占める割合を2020年比50%増加させ、約90兆円の貢献が実現するという予測がある。 実際、2013年から2020年にかけて、インドのアグリテック企業数は50社未満から1,000社以上に急増している。 時を同じくして、農家の意識の高まりや、効率向上を求める声の増加、農村部におけるインターネット普及率の向上もあり、アグリテックを後押ししている。例えば、農業化学品サプライヤーがデジタルプラットフォームを利用し、仲介業者を排除した形で農家に直接販売できる経路を確立、加えて融資やアドバイザリー、マーケティングサービスを提供することや、農機具の販売会社が販売の代わりにトラクターのレンタルを始めるなどといったものだ。 こうした非常にベーシックで単純明快な変革を農家にもたらすことが叶えば、2030年までに農家の収入は25~35%アップし、インド経済へ950億ドルの付加価値をもたらすと見込まれているのだ。 政府も様々な政策を通じてアグリテックの普及を後押ししている。その一つが、政府主導で作成する農家のデータベースAgristackだ。 土地にリンクするこのデータベースをアグリテック企業に提供し、企業側は必要なサービスを土壌や耕作面積、作物の種類などに合わせて容易にパーソナライズすることができるというもの。一方で、このデータベースは土地所有者のみが登録され、土地を所有しない養蜂家や家畜農家などが含まれていない、古く誤った土地情報が登録されている、収入情報はプライバシーの侵害にあたる、などと指摘する声もある。ただ2019年個人情報保護法案(2022年に白紙撤回)によると、農業や農家のデータはプライバシーの保護に当たらない可能性が高いとされ今なお存在している。 インドにおけるこうしたデータ取り扱いの緩さは、莫大な人口を抱えるうえで大幅な変革を進めていくために不可欠と見られており、政府主導で半ば強引に前進することに重点が置かれている向きもある。なお、Agristackのデータベース作成を含む政府の取り組みは、農家の収入アップが目的だ。