ファビアナ・パラディーノが語る80年代R&Bの再解釈、ネオソウルを支えた父ピノから受け取ったもの
デビューアルバム制作秘話、来日公演の展望
―『Fabiana Palladino』はプロダクションやミックス、レコーディングにもこだわりや特徴があります。プロダクションに関してどんな研究をしてきましたか? ファビアナ:プロダクション面では、ドラムをシンセやエレクトロニックなサウンドに融合させたり、よりオーガニックなサウンドを加えたりした......ジャム&ルイスやティンバランドが大きかったかな。それから、90年代のR&B/ヒップホップ系プロデューサーのリッチ・ハリソンも。「Can You Look in the Mirror?」という曲のドラム音はすべて、リッチ・ハリソン作品からインスピレーションを得て、参照している。 ―ミックスはどうでしょう? ファビアナ:このアルバムでは、ミックス面が非常に重要だった。大半の収録曲はベン・バプティがミックスを担当した。ベンの他にミックスを担当した2人の素晴らしいエンジニアはショーン・エヴェレットとラッセル・エレヴァード。ショーンは「Stay with Me through the Night」、ラッセルは「I Care」のミックスを担当した。ちなみに、ラッセルはディアンジェロの『Voodoo』、ロイ・ハーグローヴ、エリカ・バドゥ、トニ・ブラクストン等を手がけた伝説的なミックス・エンジニア。デジタル・プラグインを一切使わず、全てアナログ・サウンドにこだわる人。ああいった温かくてオーガニックなサウンドを私もこのアルバムで作りたかった。サウンドとミックス面では、彼から多大なるインスピレーションを得ている。 ―アルバム自体がコンセプチュアルで世界観が統一されているというのもあって、どの曲を聴いてもファビアナさんの音だなとわかります。プロダクションに関して、自分の特徴や自分らしさはどういうところにあると思いますか? ファビアナ:まさにその通りで、私は「自分らしさ」を表現したかった。今回は1stアルバムということもあり、(制作には)非常に長い時間を要した。このアルバムに収録された大半の楽曲は、コロナ渦に自分ひとりで作らなければならなかったもの。「現時点ではコラボレーションではなく、自分がやりたいことを実現させよう」って考えた。後でコラボレーションも実現したわけだけど、まずは自分が音楽的に達成したいことから始めたの。それと同時に、感情面ではダイレクトなものにしたかった。私の楽曲を聴いた人に、曲の題材や内容をすぐに理解してほしかったから。というのも、私が大好きなポップ・ミュージックがそうだから。もちろん、音楽には何度か聴いてみないとわからないような濃密な作品もあるけど、私はそうしたくはなかった。私は、聴いた人たちが共感できるような、即座に「伝わる」楽曲作りを目指した。誰もが持っている普遍的なエモーションを感じてもらえるような作品にしたかったから。 ―たしかにエモーショナルな部分がダイレクトに伝わってきますが、一方で質感自体はクールですよね。感情的なものをダイレクトに伝えるために施した工夫はありますか? ファビアナ:いくつか工夫を施している。私は過去のサウンドから影響を受けているから、人によっては、それがノスタルジックに感じるかもしれない。でも、このアルバムは懐古主義的なものにはしたくなかった。つまり、80年代からやって来たようなサウンドにはしたくなかったということ。私はそういうことには興味ないから。だから、自分の中から自然に湧き上がってくる音楽的影響を、現代の新しい音楽もたくさん聴いている2024年の私が、いかにモダンなものに昇華するかを模索した。この点はかなり意識したこと。レトロすぎたり、逆にモダンすぎるものになることもあったから、アルバム収録曲の多くを手がけたジェイ・ポールと手直ししながら作り上げていった。そのバランスを見つけるのがとにかく難しくて、そこが上手くいくまでに時間がかかってしまった。 ―すごく長い時間をかけて作られたのは、アルバムを聴けば伝わってきます。完成度の高い「パーフェクトな作品」だなと。作り始めた当初から世界観は定まっていたんですか? ファビアナ:いやいや……最初の時点では何も決まっていなかった(笑)。最初の曲作りは2020年の6カ月間で、この期間中に大半の楽曲を書き、その曲作りが終わった段階で、このアルバムがどういうもので、自分が何を達成したいのか、それから音楽的方向が見えてきた。だから、統一感のあるアルバムに仕上げるという意味では、この時期が重要だったと思う。でも、前の質問でも話したように、そこからプロダクション面に時間をかけた。私はアルバムというものは1曲目から最後の曲まで、ひとつの案やコンセプトがあることが必要だと思っているから、単なる 「曲の寄せ集め」にはしたくなかった。何度も繰り返し聴けるようなアルバムにしたかったから。 ―最初の頃はどんな感じの曲があったんですか? ファビアナ:最初に書いた曲は 「Stay with Me through the Night」で、この曲がアルバムの核になった。この曲がきっかけで、自分の音楽的影響を融合させたポップ・アルバムを作りたいと思うようになった。だから、この曲がアルバムの方向性を決定づけたと思う。 他に初期に書いた曲には、「I Can’t Dream Anymore」や「I Care」だとか、エレクトロニック・ドラムやシンセサイザーを多用したものがあって、こういった楽曲がアルバムの音作りで重要な一部になったと思う。余分な曲はあまり書かなかったから、アルバムに収録しなかったのは2、3曲くらい。ボツになった理由は、ギター寄りで「音楽的にちょっと違うかな?」と思ったから。ギターがソフト・ロック的な世界に入りすぎていて……ギターをベースとした曲はこのアルバムにはしっくりこなかったから。でも、今回ボツになった曲は、2ndか3rdアルバムに収録する可能性があるかも。 ―今回のアルバムって音数も多くないし、どちらかというと削ぎ落とされていて、本当に必要な音だけ入っていると思うんです。でも、父のピノさんとか弟ロッコさんも含めて、素晴らしいミュージシャンの演奏も入っている。ここでの作編曲は奇跡的なバランスで成り立っていますよね。どんな風に曲を書いて編曲して、そこにどんな感じでミュージシャンを起用したのでしょうか? ファビアナ:あなたが今、言ったような感じだったと思う。曲作りの段階からそうで、その後プロダクションに取り掛かった。大半の楽曲は最終バージョンの7割あたりの出来の時点で、プロデューサー勢との共同作業に着手してる。一人はジェイ・ポール、もう一人はハリー・クレイズ。彼らには曲の肉付けを手伝ってもらった。ジェイとは、数曲が当初とは全く違う方向に進んだ。つまり、プロダクションの時点で楽曲が変化を遂げたわけだけど、あれは正しい判断だったと思ってる。そもそも曲をより良いものにするために、ジェイには手助してほしかったわけだから。 ファビアナ:その後、アルバムに参加するミュージシャンたちを数人集めた。うちの父が参加したのは、かなり最後の方。シンセをベースにした曲が沢山あったから、「大変! パパに数曲弾いてもらえるかお願いしなきゃ」と思って。そのおかげで素晴らしい楽曲に仕上がった。父と一緒に仕事できるのは単純に嬉しかったし。 ―親子のいいエピソードですね。 ファビアナ:面白い話があって。弟(ロッコ)はベース奏者なんだけど、「Shoulda」という曲でドラムを叩いている(笑)。というのも、この曲ではポリスのスチュワート・コープランドっぽいサウンドがほしかったから、そういうサウンドが好きなロッコがドラムを叩いたら、きっといい音になると確信して、ドラムを叩いてくれないかって頼んでみたの。このアルバムでは私の人生、私の世界の一部である人たちに参加してもらうことで楽しいものにしたかったのもあったから。(ソングライティング期間は)独りの作業が長いこと続いたから、その後にいろんな人達とコラボする段階は私にとって重要なものだった。楽曲に新たな息吹を与え、完成に向けてエネルギーと勢いを与えてくれたから。 そして、すべての録音したパーツが揃った後は、全てを磨き上げていく段階に入った。ミックスの過程はサウンドを作り上げ、統一感を与え、ひとつの世界に没入できるようにする上で重要だったと思う。 ―いろんな人を迎え入れているのに、ここまでデザインされたものを作れるのは、頭の中でどうなるのかが完璧に想像できているからだったんでしょうね。 ファビアナ:全然そんなことなかった(苦笑)。ドラムを録音してから、その1年後にベースを録音することもあったし……(笑)。アルバムの最後の曲「Forever」のように、4年近くかけてレコーディングした曲もある。何をやってもしっくりこなくて、「きちんとしたサウンドに仕上がらないかも」って心配しながら作業をしていた。でも、最終的には上手くまとまって、まるで同じ部屋でみんなが一緒に演奏しているようなサウンドに仕上げることができたけどね。 ―ブルーノート東京でのライブはどんな感じになりそうですか? ファビアナ:今から待ちきれない! 素晴らしいミュージシャンが揃ったバンド形式で演奏するから、最高のライヴになると思う。ギターはジョー・ニューマン、ベースにダリル・ドドゥー、ドラムスはエリス・デュプイ。彼らとは2024年を通じて一緒に演奏してきたし、アルバムにも参加してくれている。今回のライブは、これまでとは異なる新しいセットになる予定。つまり、アルバム収録曲をこれまでとは違う形で演奏するってこと。ブルーノート東京で普段から行われているような、実に音楽的で、器楽奏者を中心としたショーからインスパイアされた内容を考えている。私はピアノとキーボードをたくさん弾くつもり。とても素敵なショーになるから、凄く楽しみ! --- ファビアナ・パラディーノ来日公演 2025年1月27日(月)・28日(火)ブルーノート東京 [1st]Open5:00pm Start6:00pm [2nd]Open7:45pm Start8:30pm ミュージックチャージ:¥8,800
Mitsutaka Nagira