人間国宝の友禅作家、森口邦彦が見出した「作家 須藤玲子」
初の個展は「工業製品でありながらアート」を体現した展覧会に
京都芸術センターは廃校になった「明倫小学校」を活用した、芸術振興のための拠点である。かつて呉服問屋が軒を連ねた土地である室町通りにあり、ふたつの元講堂、作法室と呼ばれる畳敷きの空間、そして校庭と、施設のほぼすべてを用いてテキスタイルを展示した。鴨川や桂川でかつて行われていた友禅流しの風景を再現するかのようにテキスタイルを浮遊させたり、音と映像をからめてテキスタイルを見せたり、「布の茶室」をつくったり、京丹後の職人たちと研究開発した生分解性プラスチック素材のテキスタイルを展示したりと、現在の須藤の活動につながる礎のような展示となった。
「工業製品でありながらアートでもあるという須藤さんのテキスタイルの特性がとてもよくあらわれていて、高らかな思想のある展覧会でした。僕はすべての人の理解は得られなくてもいい、何人かの人がわかればいいと思っていました。展覧会は『再生産』が大事だと僕は考えます。見に来た人が確かななにかを受けとめて、その人の創造に加味されることが大事。須藤さんの展覧会は、その力を存分に放っていました。布というのは人格と一緒になって存在するのが本来の姿。須藤さんは周りの協力を得ながら、だけど須藤さんにしかできない布を作り出す。それは彼女の人格のなせる技です」(森口氏)。
写真家の井上隆雄の写真がもたらしたもの
そしてこの展覧会を記録した図録を、森口氏は非常に高く評価している。「カメラマンは井上隆雄さん、彼は他界しましたが僕にとっても大切な親友のひとりでした。京都市立芸術大学で漆を学び、写真家になったという経歴の持ち主で、彼女の資質を見抜いて、それを写真に写し取った。陰まで含まれた写真です。いわゆる『ふつうの布』だったら、彼もあんな風には撮らなかったでしょう。グラフィックデザインの西岡勉さんも井上さんの写真に応えている。須藤さんがもともと持っていた国際的な感覚が、展覧会そのものと図録によって翼を得て、世界へと飛び立つきっかけになったと感じています」。