今季NPB1軍復帰はならずも、くふうハヤテの若手の成長に貢献した元DeNA田中健二朗
「(戦力外通告されたときは)不満や悔しさを爆発させるようなことはありませんでした。プレーする姿を誰かに見せたいという思いよりも、このままでは終われない、自分自身が野球を続けたい、投げられると思えるうちは勝負したい、という気持ちが強かった。今は来季のことを聞かれても、本当に何をしているのかわかりません。野球以外に何がしたいかと聞かれても、何も浮かんではこないですし」 ■「健二朗さんのアドバイスが自分を見直すきっかけになった」 くふうハヤテの若手選手はみな、NPB12球団にドラフト指名されることを目指して入団した。それは極めて狭き門であり、誰ひとり夢を叶えられないままチームを去るかもしれないが、NPB12球団にドラフト指名されることが、彼らにとっては本当の意味で「プロ野球選手になる」という夢を叶えることを意味する。 一方、田中のようにNPB12球団で実績を残した選手は、戦力外通告という非情な現実と向き合い、復帰を目指すと同時に、現役生活にどうけじめをつけるかを考えるためにここに来た。同じようにNPB12球団入りを目指していても、若手選手とは違う複雑な胸中、葛藤を抱えながら野球に取り組んでいる。 近鉄一筋、田中と同じく16年間、生え抜き選手として活躍し、球団消滅と時を同じくして現役に見切りをつけた監督の赤堀元之に、プロ野球選手の引き際について聞いてみた。 「怪我等の理由でできないか、もしくは野球に対して情熱がなくなったときか、どちらかだと思います。身体が元気なら納得するまで続けたほうが良い。踏ん切りを付けるならパッとやめたほうが良い。誰かに言われて辞めるよりも、自分自身で整理して辞めたほうが良いと思います。 僕自身が現役引退を決めたときは、トライアウトを受けようかとも考えましたが、仰木(彬)監督からコーチ就任のお話をいただいて、これからは野球とどう向き合うべきかを考えることができました。肩の調子も良くありませんでしたし、野球に情熱を注ぐ方法は指導者という道もあると新たな考えが生まれた。ならばきっぱり辞めようと決めました。 選手を育てるという、新しい形で野球に情熱を注げる道を用意していただけたことが良かったんですけどね。それがなければ、本当にどうしたのかなと思います」 赤堀のように、現役引退と同時に指導者の道を用意される例はごく稀(まれ)で、よほどの実績と人望がなければあり得ない。それはそれとして、野球選手に限った話ではないが、人生の岐路に立ったとき、どんな答えを出すかよりも、誰かに決断を委ねるのではなく自分自身で答えを出すことが、後悔を残さない唯一の方法かもしれない。 NPB12球団への復帰を目指す田中は、「今はそこしか見ていない」「僕は教える立場にない」と答えた。そんな田中について、開幕戦で大量失点して降板した若手の早川太貴は「健二朗さんがアドバイスしてくださって、それが自分自身を見直すきっかけになりました」と話した。監督やコーチとは違った形で、田中は若手選手の成長に大きく貢献していたのだ。図らずも若手に貴重なアドバイスとして伝わっていることについて、田中に聞いた。