イギリス首相になくなった?「解散権」を憲法の視点で考える
日本で解散は「首相の専権事項」?
日本の政界では俗に「解散は首相の専権事項」「解散時期については首相は嘘をついてもよい」などと言われて、首相は解散権を自由に行使できることが強調される(ただし、厳密に言えば、後述の通り、解散権は憲法上、首相ではなく内閣に属する)。 しかし、先進各国では解散権を制限する傾向が見られる。今見たイギリスもその例の一つであるが、ドイツでは1949年の憲法(ドイツでは「基本法」という)制定当時から、解散権は下院での首相選出ができず政治が行き詰まった場合などに厳格に制限されていた。その結果、現行憲法下での解散はわずかに3回だけである(日本はほぼ同じ期間に23回)。フランスについても、解散権を制約する憲法の条文はわずかであるが、政治の運用をみれば、解散はまれであり、1958年制定の現行憲法においては5回だけである。他方、頻繁な解散が行われてきたカナダでは法改正によって解散権の制限が試みられたが、抜け道があって成功していないようである。
では、日本国憲法の衆議院解散に関する規定はどうなっているのだろうか。不思議に思われるかもしれないが、この点について憲法の規定は明確ではない。とりわけ、解散権の根拠や、どのような場合に解散が許されるのかという肝心な点については明らかではなく、学説上の議論があった。 憲法の関係条文を紹介しよう。まず、憲法7条3項は、天皇の国事行為の1つとして、「内閣の助言と承認により」「衆議院を解散すること」としている。また、69条は、「内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、10日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない。」としている。 憲法学の「通説」と政治運用上の「実務」的には、7条3号により形式的には天皇、実質的には内閣に解散権があり、そして、解散権を行使し得る場合には法的には制限がないとしてきた。これについては69条の場合に限られるべきだとする説もあるが、通説は69条を不信任決議等があった場合の手続を定めるもので、その場合に解散を限定する趣旨でないと理解する。他方で、上記の立場の論者からも、法的に制限がないとしても、不当な解散というものはあり、党利党略で行われる解散などは不当であるとする。もっとも、不当な解散の責任についても、総選挙で判断されることになる。 逆に自由な解散権を積極的に擁護する見解もある。それによると、議会は解散の脅威から免れれば民意からも乖離するおそれがあるという観点から、内閣に自由な解散権を与え、議会を解散の恒常的な脅威(解散は議員の地位を失わせるものであるから、議員にとっては脅威である)の下に置くことによって衆議院が常に民意に近づくことになり、望ましいというのである。