イギリス首相になくなった?「解散権」を憲法の視点で考える
議院内閣制の母国であるイギリスについて、私たちはある政治制度的な変化を目の当たりにしました。先月、メイ首相が解散総選挙の意向を表明し、議会で翌日議決されたニュース。議会で議決された、というところがポイントで、これまで実質的に首相がもっていた議会の「解散権」は限定的なものになり、今では議会の同意なしには解散できないのです。同じ議院内閣制を採る日本では「解散は首相の専権事項」とよく言われます。憲法が専門の京都大学大学院・曽我部真裕教授に、イギリスの法改正を通して、憲法の視点から「解散権」を解説してもらいました。 【図】小泉「郵政解散」を意識? 平成以降の主な解散事例
英国の「議会任期固定法」とは?
4月18日、イギリスのメイ首相は下院(日本の衆議院に相当)を解散し、6月8日に総選挙を実施する方針を表明した。日本でも衆議院が解散され、総選挙が実施されることは珍しくないので、多くの日本の読者にとっては、こうした仕組みに特に違和感はないだろう。 しかし、日本とイギリスとでは、今や首相の解散権行使をめぐる仕組みに大きな違いが生まれている。 かつてはイギリスでも首相が自由に解散権を行使できた。しかし、2011年の「議会任期固定法」によって、現在では首相の解散権には制限がかけられるようになった。今回のメイ首相の判断についても、制度上は高いハードルを超えなければならなかった。すなわち、今回下院を解散するには、下院の3分の2以上の多数の賛成を得る必要があったのだ。3分の2以上の多数を得るためには、与党議員だけではなく、下院議員の間に広く解散に対するコンセンサスがなければならない。今回は、首相の判断はほとんど全会一致(賛成522票、反対13票)で承認され、解散・総選挙が実施されることになった。 議会任期固定法についてもう少し見てみよう。この法律の制定以前、解散権は国王がもつ大権であり、立憲君主制の作法に従い、首相の助言に基づいて解散権が行使されてきた(したがって実質的な決定権は首相にある)。ところが、こうしたあり方は、与党に有利な時期を見計らっていわば党利党略で解散・総選挙を行うことを認めるものだという批判が以前から根強くあり、近年の政治改革の流れの中でこの点についても改革がなされたのである。さらに、近年のイギリスではハング・パーラメント(どの政党も単独過半数をもっていない状態)によって連立政権が常態化しつつあり、それに対応するために議会任期の固定が必要だという主張もあった。 議会任期固定法は、議会の任期を5年に固定し、これに伴って解散が制限されることになる。ただし、内閣不信任決議案が可決された場合と、下院が3分の2以上の多数によって自ら解散を決議した場合には解散が行われるものとされた。今回の解散は、実際には首相の主導によって進められたが、法律上は自主解散という位置づけになる。