【明日公開】映画『お母さんが一緒』で橋口亮輔監督が感じた新たな“気づき”とは? 人気俳優との制作秘話も
オファーのきっかけは、YouTubeだった
──清美の恋人のタカヒロ役を演じた青山さんは監督がYouTubeでネルソンズを見たことがきっかけでオファーされたそうですが、良いお芝居をされる予感があったのでしょうか? 人柄が伝わってきたことが大きいです。まさに『お母さんが一緒』のタカヒロの笑顔で笑っていて、「良いヤツだな」と思いました。すべることを芸風にする人もいますが、ネルソンズは3人とも──特に青山くんは「滑りました…!」って言って屈託なく笑っていたので「欲のない人たちだな」と思いました。青山くんは元々スポーツマンということもあり、硬派で不器用でまっすぐな人柄がそのまま出ている。タカヒロを誰に演じてもらいたいか考えた時に、いわゆる今時の綺麗なイケメンでは成立しない、ガタイがちょっと良くてぼーっとしていて天然で、女から見たら嘘をついてもバレない安心感があるような。でも、ちゃんと常識は持ち合わせている人が良いと思いました。 だから清美は自分が暴走してもタカヒロが引き戻してくれることがわかっていて甘えている部分がある。天然で抜けてるようで、温かい人間味がある人柄を演技で見せるのはなかなか至難の業だと思ったのでそのままの人を連れてきたいなと思って、冒険ではありましたがオファーさせてもらいました。
──家族ならではのエピソードがたくさん盛り込まれている作品ですが、監督が特に印象的だったのはどのシーンでしょうか? 温泉旅館に到着して、最初弥生は愛美に向かって「あんた、何も考えないでこの旅館に決めたんでしょ!」なんて言っていたのに、タカヒロが登場したら「この子(愛美)が一生懸命探したのよ」とか言ってコロッと意見が変わるし、愛美は妹の彼氏であるタカヒロを誘惑したり(笑)、「どういう風に見ていただけるんだろう」と思っていたんですが、ご覧になった方から「元嫁が三姉妹で年中ああいう感じで喧嘩してたんです。お祝い事の席でそんなこと言わなくてもいいのにっていうことを言って揉め事が始まったり」と言っていただいたり、皆さん自分の家族と照らし合わせて見ていただいてる。 僕が一番印象的だったのは、終盤弥生がアイロンをかけながらロシア民謡で昭和歌謡としても知られる『赤いサラファン』を口ずさむシーンです。弥生の年齢的におそらく母が歌っていたのが入り込んでいると思うんですが、母に対していつも愚痴っているけれど、同化しちゃってるんですよね。それで、その歌を歌いながら愛美のしわくちゃのブラウスにアイロンをかけてあげている。弥生はそうやって妹のことを面倒見ているし、母も散々娘に色々文句を言ってるけれど、何だかんだ娘のことを支えてきたんだろうなと思いました。自分の両親は年中喧嘩していて、中学の時に離婚した時、「やっと家の中が静かになるから良かった」と思いましたが、ひもじい思いを一度もしたことがないし、やっぱり両親に守られて生きていたんだなと思いました。 ──『お母さんが一緒』を通して、改めて映像作品を撮る楽しさを感じたのはどういったところからですか? 今までの自分で脚本も書いている作品は根拠が全部自分の中にありました。例えば『恋人たち』は自分の全体重が乗っかってるような作品でした。でも『お母さんが一緒』は原作があるので『どう自分の作品にしようか』と考えた時に、登場人物たちを1回自分の中に入れて、自分の人間たちとしてアウトプットしようと思いました。『この人物たちは現実に生きてるんだ』と言いたいわけです。弥生はすごく振れ幅のある一見おかしな人ですが、弥生も切なさをちゃんと抱えていて今この瞬間を生きてるように描きたい。それができればセリフが肉声のように聞こえるだろうなと。 それで役者さんたちに「とにかく生きた人間にしたい。お芝居は生(なま)がないとダメだと思う」と伝えました。編集は『ゴジラ-1.0』の宮島(竜治)さんと初めてご一緒したんですが、テンポの良い編集をとてもスピーディーにされる方で「これは自分にはできないな」と思いました。そして、引きのカットをポイントにするといった映画になることを想定した編集をしてくださった。30年近くやってきているのに今さら「演出ってなんだろう」とか「演技ってなんだろう」とか、あるいは「物語ってそもそもなんだろう」ということを多く考えた現場で、それがとても楽しかった。何より関わってくださった皆さんが楽しく仕事をしてくれたことに支えられ、いろいろと勉強になりました。
『お母さんが一緒』 原作・脚本/ペヤンヌマキ 監督・脚色/橋口亮輔 出演/江口のりこ、内田慈、古川琴音、青山フォール勝ち(ネルソンズ) 『7月12日より新宿ピカデリーほか全国公開。
文:小松香里