34歳で死去したサックス奏者・篠田昌已の軌跡、大友良英ら熱量高く哀悼―大熊 ワタル『我方他方 サックス吹き・篠田昌已読本』松原 隆一郎による書評
幼少期から腎臓などの病に苦しみ、34歳で亡くなった「サックス吹き」篠田昌已(まさみ)。昨年は没後30年。2008年刊行のパンフレットの増補版が本書である。 NHK連続テレビ小説「あまちゃん」のテーマの作曲家として知られる大友良英が年初ジャズ番組で特集を組み、熱く語ったことで再注目されている。同じ熱量で哀悼する約60の文章が集められた。 1980年代、日本の音楽界で最前線のバンドだった「生活向上委員会」と「じゃがたら」に所属。パンクロックとフリージャズで熱くブロウしたが、その奏法を劇的に変えたのが、下北沢におけるチンドンとの出会いだった。晩年の「コンポステラ」では誰も吹いたことのない「風が吹くような」美しい音色と世界の民衆音楽にたどり着く。 大友の「彼の前に出ると、見栄を張っている自分が小さく見えて、なんだか情けなかったなあ」という言葉が胸を打つ。一介のファンにすぎない評者も30年間、同じ気持ちだった。 チンドンは「用の美」。篠田は音楽の浄土(柳宗悦)に達したのだ。読後ふと横を見ると、あの笑顔で「プリパ」を吹く篠田が現れるに違いない。 [書き手] 松原 隆一郎 1956年兵庫県神戸市生まれ。東京大学工学部都市工学科卒業。同大学院経済学研究科博士課程修了。 東京大学大学院総合文化研究科教授を経て、2018年4月より放送大学教授、東京大学名誉教授。武道家としても知られる。著書に『ケインズとハイエク』『日本経済論』『分断された経済』『経済学の名著30』『消費資本主義のゆくえ』『失われた景観』『武道を生きる』『経済政策―不確実性に取り組む』『森山威男 スイングの核心』など。 [書籍情報]『我方他方 サックス吹き・篠田昌已読本』 著者:大熊 ワタル / 出版社:共和国 / 発売日:2022年12月15日 / ISBN:4907986033 毎日新聞 2023年4月29日掲載
松原 隆一郎
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