腫瘍内科医の私が、患者さんに必ず尋ねる「病気以外」のこと…返答によって治療法が変わることも
国立がん研究センター東病院 私のがん診療録
日本人の2人に1人ががんを経験するといわれています。がん患者と向き合う医療者は、日常の診療の中で何を思い、感じているのでしょうか。国立がん研究センター東病院(千葉県柏市)の医師らが語ります。今回は、がんの薬物療法を専門とする腫瘍内科長の向原徹さんです。 【写真4枚】体力が落ちたと思ったときに…筋力アップ まずは20秒から
「オン・ココロ・ジスト」で
みなさんは、「腫瘍内科医」をご存じでしょうか。 英語では「メディカル・オンコロジスト」と呼ばれ、欧米では古くからがんの薬物療法を担ってきました。 腫瘍内科医は、臓器横断的ながん薬物療法のトレーニングを積んだ医師のことです。日本では、臓器別の専門家が長くがん治療を行ってきましたが、20年ほど前から、腫瘍内科医の必要性が認知されてきました。 近年のがん薬物療法は、従来の抗がん剤に、様々な分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬などが加わり、複雑化しています。こうした薬剤に精通し、臓器横断的な診療経験をもつ腫瘍内科医の役割はさらに拡大すると考えられます。 外科医のようにメスを使って手術するわけではない腫瘍内科医が、プロフェッショナルであるための要素とは何でしょう。 がんや薬剤に関する専門知識は無論、その知識と患者さんの生活や価値観を擦りあわせ、その人にとって最適と信じることを提案できる「バランス感覚」と「人間力」だと私は思います。 がんという病気に直面して、私たちと過ごす何か月、何年かは、ご本人、ご家族の人生の中で重要な時間に違いありません。そこで出会う医師としてベストでいたいと思っています。 私は外来で、出来る限り患者さんの趣味や旅行した場所、お子さんの話、誕生日の過ごし方など、人生の物語について会話するようにしています。そうやって患者さんの人生の一部、治療中の喜びも悲しみも共有し、心を通わせる“温(オン)心(ココロ)ジスト”でありたいと思うのです。
がんに共通する基本概念を理解する
日本ではあまりなじみのない「腫瘍内科」では何をしているのか、日ごろ心がけていることを聞きました。(聞き手・道丸摩耶) ――腫瘍内科の強みは何でしょうか。 さまざまながんに共通するがん治療の基本概念を理解し、多くの抗がん剤を使い慣れていることです。 欧米では、肺にできるがんも、乳腺にできるがんも、血液のがんも、がんは一つの疾患概念として捉えられます。一方、日本では、肺がんであれば呼吸器科、大腸がんであれば消化器科、と多くの場合は臓器別の診療科が、それぞれの臓器にできるがん以外の病気とともに診療をしています。抗がん剤の種類が増え、副作用も増える中で、さまざまな薬物療法に携わり、多くの薬を使い慣れている腫瘍内科医の役割は今後、増していくと考えられます。 例えば、他のがんで使われている薬が乳がんにも承認されたとします。乳腺外科の医師にとって、その薬を使うのは初めてですが、私たちは他のがんで使った経験があるわけです。そのため、副作用の対応などでその経験が生かせます。ただ、腫瘍内科がある医療機関はまだ少ないのが課題です。 ――国立がん研究センター東病院の腫瘍内科は、あらゆる抗がん剤治療に携わるのでしょうか。 東病院では、薬物療法は原則として内科系のそれぞれの診療科が担っています。固形がん(血液がん以外のがん)の薬物療法は、頭頸(けい)部内科、消化管内科、肝胆膵(すい)内科、呼吸器内科に加え、私たち腫瘍内科が担当し、それぞれ外科系の診療科と協力しながら手術前後の抗がん剤治療を行います。薬物療法が中心となる転移や再発のがんに対する治療では、腫瘍内科がより中心的な役割を果たします。腫瘍内科が診ているのは、乳がんが40%弱と最も多く、泌尿器がん、婦人科がんがそれぞれ約25%、そのほか、原発不明がんや肉腫など多岐にわたります。東病院の中で唯一、臓器横断的な薬物療法を行っているのが腫瘍内科です。 原発不明がんのように、臓器別の診療科で診る典型的ながんとは異なる治療においても、腫瘍内科医は専門性を発揮できると考えています。いろいろながんを知っていて、さまざまな抗がん剤の知識があるからこそ、病態をニュートラル(中立)に捉え、適切な治療法を提案できます。また、高齢化が進み二つ以上のがんを患う「重複がん」の患者さんも増えています。そういった患者さんでは、どの治療を優先すべきか非常に難しい場合もありますが、腫瘍内科医の応用力が生かされるところでもあります。 ――そうした応用は簡単にできるのですか。 実際には答えがなかったり、ひとつでなかったりする病態が多いので、難しいです。特に、この治療をやるべきかやらざるべきかという判断には悩みます。そこで大事なのが、チーム力です。ひとりで決めたり声の大きい人の意見が通ったりすると偏った医療になる恐れがあります。チームで意見を交わしながら、「これが最適だろう」という結論を出していきます。その結論を患者さんに説明し、話し合い、一緒に最終の方針を決めて治療していきます。私たちは患者さんへの説明や、患者さんと医師が一緒に意思決定をしていくプロセスでも専門性を発揮したいと思っています。