『五香宮の猫』想田和弘監督 日常の「観察」から、いかにしてドラマはたちあがるのか【Director’s Interview Vol.444】
ドキュメンタリーは撮れたもので考えるのが基本
Q:テレビドキュメンタリーをやっていると、ついあらかじめ決めた結論にむかって撮影や編集をしてしまうことがあります。想田さんがテレビでドキュメンタリー番組を演出されていた時はいかがでしたか。 想田:僕もずいぶんやりましたが、矛盾を感じましたね。やっぱりテレビドキュメンタリーでは、先にいっぱいリサーチをして、台本を書きます。その台本に何人もいるプロデューサーから承諾を得て、それで初めて撮影に行ける。ところが現場では台本と違う面白いことが起きてしまい、それを撮って帰ると怒られる(笑)、なんで台本通りにやらないんだと。 Q:ドキュメンタリーの企画書を出すと「これは何が撮れるの?」と聞かれることがあるのですが、全て説明できてしまう予定調和で、果たしてドキュメンタリーと言えるのかと思います。 想田:撮れたもので考えるっていう順番にすればいいだけなんですけどね。こういう番組が作りたいからその要素を集めてくる、というスタイルでは本当に都合のいい切り取りになってしまう。それは本当に面白くない。やっぱり撮れたものを最優先していくことが大切ですね。
「観察映画」に限界はあるか
Q:想田さんが提唱されている、「観察映画の十戒」ですが、十則でなく十戒というくらいだから相当厳しく自身に課しているのでしょうか。 想田:(笑)あれはルールが先にあったわけではなく、僕自身がどういう暗黙のルールでドキュメンタリーを作っているのかを事後的に考えて、数え上げると10個あったんです。それでヨーロッパで取材を受けたときに「モーセの十戒のように、観察映画の十戒というものがあるんだ」という話をジョークのつもりでしたら、みんな目を輝かせて興味を持った。それまで「10のルール」って言っていたときにはあまり興味を持たれなかったんですが、「十戒だ」と言うと突然興味を示す。それを十戒に沿って僕の映画を分析し始めたり。名前をどうつけるかによって、人の反応って変わるんだと感じました。 Q:「事前のリサーチは行わない」というルールもありますが、ドキュメンタリーの場合、そのルールだとやりづらい題材もありませんか? 例えば、事件物とか。 想田:それはできないでしょう…。できるかもしれないけども、いわゆる「事件物」というのにはならないと思います。現在進行中の事件を観察映画的に撮っていくことはできると思います。 Q:冤罪の訴えがされている飯塚事件を扱った『正義の行方』(24)など、ああいった題材は事前リサーチなしでは作れないだろうと思いました。 想田:そうだと思います。 Q:例えば今後、想田監督が映画にする題材でそういうものが現れたら、十戒も崩れるのでしょうか。 想田:多分、今の方法論のままでやるでしょうね。別の不得意な方法でやっても、自分の力が発揮できないので。むしろ今の方法論のままでやれない題材は、選ばないと思います。 Q:私だったら何も調べずに取材に行くと「調べてこい!」と怒られそうで不安になります。 想田:でもそれを正直に言えばいいと思うんです。自分はこういう作り方をしていて、なるべく情報を入れないようにしてきましたと。「知らないので教えてください」と言えばいいわけです。先入観を持って描こうとしていないことを、むしろ喜ぶ人も結構多いと思います。
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