『五香宮の猫』想田和弘監督 日常の「観察」から、いかにしてドラマはたちあがるのか【Director’s Interview Vol.444】
想田和弘は映像を生業とする者にとって常に意識せざるを得ない監督である。彼は「観察映画の十戒」※という言葉をかかげ、既存のドキュメンタリーの手法に異を唱え、独自の世界観を構築してきたからだ。そんな想田監督の最新作『五香宮の猫』も「十戒」を守りながら作られた観察映画である。 瀬戸内海の港町・牛窓で暮らす想田は、五香宮という地元の神社に集う猫たちと人々を「観察」することで、予想外のドラマを立ち上げる。個人的に本作はこれまでの想田作品の中で最もドラマ性と普遍性が高い作品だと思える。それは映画の構造に秘密があるはずだ。 いかにして、本作は誕生し、高い普遍性を獲得しえたのか。テレビ業界に身を置く筆者が、制作者の視点から想田監督に話を聞いた。 ※「観察映画の十戒」:想田監督がドキュメンタリー映画を撮る際に課している以下のルール 1.事前のリサーチは行わない。 2.打ち合わせは、原則行わない。 3.台本は書かない。 4.カメラは原則自分で回し、録音も自分で行う。 5.カメラはなるべく長時間、あらゆる場面で回す。 6.撮影は、「広く浅く」ではなく、「狭く深く」を心がける。 7.編集作業でも、予めテーマを設定しない。 8.ナレーション、説明テロップ、音楽を原則として使わない。 9.観客が十分に映像や音を観察できるよう、カットは長めに編集し、余白を残す。 10.制作費は基本的に自社で出す。
地域猫の何気ない「観察」がはじまり
Q:本作は想田さんのパートナーである柏木規与子さんが五香宮にいる地域猫の保護活動に関わり、その様子を撮影したことがきっかけだったそうですね。当初から作品にしようと考えていたのでしょうか? 想田:そこまでは思っていませんでした。「明日、五香宮に住む猫を捕獲して避妊・去勢手術をするんだよ」と彼女から聞いてカメラを回すことにしました。「どんな風にやるのかちょっと撮っておこう」くらいの気持ちだったので、映画にしようとは決めていませんでした。 Q:「これは作品になるかもしれない」と思ったポイントはどのあたりでしたか? 想田:捕獲した場面を撮ったからには、猫が手術に行って帰ってくるところまでを撮りたくなる。それで毎日張っていると色々な人が五香宮に来るし、僕も興味を持つからそういう人々を撮影し始めちゃったんです。 例えば境内でガーデニングをやっている88歳の男性は、猫の捕獲をやっている最中に偶然やってきて、菊の苗を植えられていました。放課後に子供たちが遊んでいたり、猫の写真を撮りに来たり、世話をする人もいる。散歩コースだという人もいるし、お参りする人もいる。五香宮という神社が人々の交差点になっているということに気付かされました。しかもよく考えてみると、誰もが出入り自由なこんな場所ってもうないなと。これは一種の「コモンズ」だなと。 Q: 花を植えている方々がいましたが、神社に頼まれているわけではないんですか? 想田:勝手にやっている(笑)。でも宮司さんは知っていて、「どうぞやってください」という感じ。宮司さんはそれが神社の理想的なあり方だと考えておられるみたいで。地域の方々が自主的に掃除や草刈りをされたりとか、花を植えられたりということは歓迎なんです。猫にもすごく理解のある方で、「人間だけの神社じゃないから」と思われている節がある。 Q:すごく寛容な神社ですね。 想田:そういう大らかさが今、社会から急速に失われている。何でもきちっと管理して、コントロールしてという風にどんどんなっている。それは一見いいことかもしれないけれど、僕らも管理されるから自由を失っていくことになる。それは生きづらさや息苦しさにもつながるんですよね。
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