『五香宮の猫』想田和弘監督 日常の「観察」から、いかにしてドラマはたちあがるのか【Director’s Interview Vol.444】
猫から見えてきた共存の知恵
Q:印象的だったのが町の会合のシーンです。猫の糞の問題を議論するときにお互いを責め合ったりせずに立場を慮って、ソロリソロリと発言する感じが好ましいと思いました。昔の村の寄り合いも、ああいう感じだったんだろうなと。 想田:そうだと思います。悪く言えば「なあなあ」なんですけど、でもそれがもしかしたら共存の秘訣かもと思います。狭い町内だし、お互いがお互いから逃げられないわけですよ(笑)。 Q:ケンカしちゃったら、そこから何十年も…。 想田:もう大変です。毎日顔を合わせるしね、ずっと気まずい思いをしなくてはいけないわけです。だから意見が対立することがあっても、相手をやり込めたりとか白黒つけようとするのではなく、ある意味「なあなあ」。よく言えば「良い加減」。 Q:「面倒だから多数決で」ということはせず、ひたすら妥協点を探り続ける。実は日本にも古来から民主主義的な文化があったのではないかと思わせてくれます。 想田:日本の伝統的な社会というと非民主的なイメージがありますが、実はかなり民主的な共存の知恵が身体化している部分があると感じます。僕はニューヨークに27年住んでいたのですが真逆の世界。何でも議論して、どちらが正しいかをはっきりさせる。僕もそういうことをしがちだったのですが、今はそれでは社会が分断してしまって、結局はうまくいかないと思っています。敵と見なしているような人たちとも同じコミュニティ、同じ国、同じ地球を共有していかないといけないわけですから、何とか折り合いをつけていく方法を見つけないといけないですよね。 Q:そういうことが地域の猫を観察していたら見えてきたんですね。 想田:そうそう、猫からそこにいく(笑)。
方向性を「決めない」大切さ
Q:想田さんは作品のテーマや方向性を決めずに撮影されていくそうですが、撮影していくうちに方向性が定まっていくのでしょうか? 想田:映画の方向性については、つい考えちゃうんですが、敢えて考えないようにしています。方向性をあまりに強く持ってしまうと、思考がそちらへ行ってしまって、テーマに関係なさそうなものは、見たとしても見なかったことにしてしまう。人は簡単に見たいものしか見なくなってしまうんです。 方向性を決めたくなる気持ちを僕は「雑念」と呼んでいます。もしそういった雑念が頭に侵入してきたら「これは観察映画なんだ」と、目の前の現実を観察するという原点に立ち返る。観察という行為は目の前の現実に対してしかできない。すると、「今、ここ」に意識が戻ってきて、目の前にある現象をどう映像に翻訳するかだけを考えるようになる。映画の構成とか方向性みたいなものは、編集することで発見していくようにしています。 Q:そう言われると、私は雑念でしか番組を作っていません。テレビ業界では「成立する」という言い方をよくしますが、嫌な言い方だなと思います。 想田:わかります。僕もよく使いました。 Q:撮影の時点で「あの要素が欲しい」、「これ要らないな」とか。あえてそういう判断を想田監督はしないということですね。 想田:しないですね。 Q:すごく勇気が要ることだと思います。私は「本当にこれで番組ができるのか」と不安になってしてしまいます。 想田:その辺は変な自信がありますね。よく見てよく聞きさえすれば、必ず面白いことは見つかる。それは自分のセンサーの感度を上げるだけでいいんです。『五香宮の猫』に映っているのは本当に日常的な風景で何の変哲もない。下手をすると本当に誰も一顧だにしないような小さな神社です。そこに地域の人が出入りするから何なんだと。テレビのプロデューサーにこの企画を提案したとしても、却下されると思います(笑)。 Q:「何が面白いの?どんな強い画が撮れるの?」って言われます(笑)。 想田:(笑)絶対言われますね。それこそ「成立しない」って。今は戦争も起きているし、色々な問題があるんだから、そっちを撮ってこいと言われそうです。だけど僕らが本当に平凡で普通だと思って顧みない日常にも、自分自身のセンサーの感度を上げて敏感になれば、必ず起伏がある。その起伏を察知してフォーカスしていけば、必ずドラマがある。それを描くことさえ出来れば、どんなものでも映画になるはずだという変な自信はあります。
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