ヤーレンズ・出井隼之介が綴る、去年のM-1前/後日譚
急展開でもう何が何だかわからない
歴代決勝経験者から「相方越しに審査員が目に入ると集中できない」と聞いていたので、極力焦点を目の前のサンパチマイクに合わせ漫才をしたが、マイク越しにうっすら金髪とマッチョなシルエットが見え隠れするのはどうしようもなかった。結果は準優勝だったが、「準優勝したぞ!」とも「優勝できなかった……」とも思う複雑な気持ちを整理できぬまま、仕事が舞い込み忙しくなった。 自分が唱えていた通りの、いわゆる「売れた」状態なのかどうかは知らないが、ずっと観ていた番組に出たし、オールナイトニッポンもやってるし、毎朝五時に起きて晩まで働いているし、犬に服は着せてないし、こうやって群像にエッセイを書いている。急になんなんだよ。もう何が何だか分からない。その何が何だか分からないのと引き換えに、なんだか雰囲気の良い給与明細が送られてくる。 目に見えて生活は好転した。今まで多めに家賃を払わせてしまっていた女性と結婚して、広い家に引っ越した。今は家賃を全部払っている。「もう泥水すすり過ぎてお腹いっぱいだ」とか言っていたのに、僕の家には今ウォーターサーバーがある。その気になれば犬だって飼える。その犬に服だって着せられる。信じていた事は本当だった。この仕事には人生を一変させる可能性があった。 300日もあれば人生は変わると実感したから、ここから先に何があるか怖くて仕方がない。M-1が終わった時と同じ、期待と不安がちょうど半々の様な整理のつかない心持ちで常にいる。300日で好転した人生は、もう300日あれば服を着せられた犬の様に苦しい人生になるかもしれない。 さて、こうやって犬に服を着せている事を揶揄して書くと「病気の犬や、服を着せないといけない犬もいるんです!」と言ってくる人(?)がいるが、大体こういう場合「病気などの特殊な例は除いている」に決まっているし、本来着ないはずの服を着なければならない犬がいたとしたら、それは遺伝子をいじくり回した人間が相当悪いだろう。「ミックス犬」とか、生き物をお好み焼きみたいに呼んで普通な顔をしている奴は責任をとれ。僕から見れば街中で犬に服を着せて歩いている人も、裸で歩いてる人も、同じ種類の変態である。変態に物申されるのが一番辛い。イライラする。タバコ吸おうかな。
出井隼之介