マスク氏は、なぜトランプ支持なのか?◆EV補助廃止でも親密の謎―専門家に聞く【アメリカ大統領選挙2024】
11月5日のアメリカ大統領選挙。民主党候補のハリス副大統領と共和党候補のトランプ前大統領が大接戦を繰り広げる中、経済界では実業家のイーロン・マスク氏がトランプ氏を支持する姿が目立っている。トランプ氏は、電気自動車(EV)への補助金廃止や、地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」からの再離脱など、EV大手「テスラ」を率いて脱炭素化を目指すマスク氏にとってマイナスとも思える施策を推し進めそうだが、なぜ熱烈に支援するのだろう。複数の専門家に聞き、背景を探った。(時事ドットコム取材班・編集委員 豊田百合枝) 100万ドルを配ると表明したマスク氏のX投稿 ◇献金112億円、毎日誰かに「100万ドル」 マスク氏は7月、トランプ氏への支援を正式に表明した。7~9月の3カ月間に、トランプ氏を支援する団体「アメリカPAC」に約7500万ドル(約112億円)を献金したことが、米当局への提出書類で判明。さらに、10月前半に4360万ドル(約66億円)の資金を拠出したことも明らかになり、巨額献金の実態が裏付けられた。 マスク氏は、自身が設立した政治活動委員会である「アメリカPAC」が掲げる請願書に署名した激戦州の有権者を対象に、11月5日まで毎日誰か1人に100万ドル(約1億5000万円)を配るとも発表し、物議を醸した。連邦法は、有権者に投票を促すために金銭を渡すことを禁じている。「言論の自由と武器を所持する権利を支持する」という文書に署名することが条件で、トランプ氏への投票を直接的に呼び掛けてはいないものの、「違法行為」の可能性を指摘する声も上がった。 激戦州であるペンシルベニア州フィラデルフィアの司法当局は、マスク氏による巨額の報奨金配布は「違法な宝くじの運営」に当たるとして、州裁判所に差し止めを求める訴えを起こす事態にまで発展。しかし、マスク氏は、こうした批判をものともせず、連日の投稿や激戦州での集会への登壇と、自らの知名度と資金力を総動員して、トランプ氏支援を展開する。 ◇Xアカウント凍結解除 「マスク氏とトランプ氏の親密な関係は、今に始まったことではない」と指摘するのは、日米の自動車産業に詳しい、ナカニシ自動車産業リサーチの中西孝樹代表アナリスト。2017年に始まったトランプ政権では、経済政策に関する助言組織「大統領戦略・政策フォーラム」のメンバーとして、米銀最大手JPモルガン・チェース最高経営責任者(CEO)のジェイミー・ダイモン氏や、米投資会社ブラックロックCEOのラリー・フィンク氏ら企業トップとともに、マスク氏も名前を連ねていた。 マスク氏は、22年10月にツイッター社(現X)を買収すると、同11月には、21年の連邦議会襲撃事件をあおったとして凍結されていたトランプ氏のアカウントの凍結を解除。SNSによる発信強化を後押しする形となった。 ◇不利な政策回避? とはいえ、トランプ氏は民主党のバイデン政権が進めてきたEV購入補助の廃止を表明している。補助金の恩恵を最も受けてきたとみられるテスラの経営者として、支援に矛盾はないのか。 自動車アナリストの中西氏は、マスク氏には産業政策よりも移民政策で反バイデン、反民主党という動機が大きいのではないかと前置きした上で、「EVで自分たちに不利になる政策を未然に防ぐという意図もあるのではないか」と読み解く。 中西氏によれば、テスラのEVは補助金を廃止しても既に十分競争力があり、勝ち残れる。同氏は「テスラの経営がうまくいき始めたのは、中国・上海に工場を建設してからだ。メキシコにも中国のサプライヤーをたくさん呼んでおり、中国からの輸出や、中国からから持ってきた部品をメキシコで組み立ててアメリカに持って来ようとしている」と語る。 それゆえに、「テスラをアメリカの企業としてみるのか、中国の色が付いた企業とみるのか、いろいろな意見があるかと思う」と指摘。マスク氏は、EV補助の廃止よりもむしろトランプ氏が推し進めようとしている対中政策のほうにリスクが潜むとみているのではないかと話す。対中国で厳しい制裁措置を宣言し、メキシコの安価な労働力を使った生産活動にも厳しい目を向けるトランプ氏が、テスラの不利益につながる政策を打ち出さないように、あえて接近したとの見方だ。