ミドルエイジ・クライシス(中年の危機)を乗り越える「大人の自分探し」
人生100年時代となりキャリアデザインも新ステージを迎えている。SNS上でも話題となった「中年の危機」とその処方箋について、経営者と研究者の2つの顔をもつ安斎勇樹が読み解く。 「自分探し」という言葉がある。多くの場合、若者が社会人としての出発に備えて、自分の夢や目標を求めて内省をしたり旅に出たりすることを指す。ところが人生において再び、「自分探し」が必要なタイミングが来る。それが「ミドルエイジ」である。40代を中心として、30代後半から50代くらいまで、いわゆる中年期のことである。 若いうちはそれなりに仕事に熱中できたのに、なぜか中年期になると、自分を見失い、不安や焦りに襲われる。それなりにスキルと経験も身について、人材として脂が乗ってくるタイミングでもあるはずだが、人生の波にはうまく乗れなくなってくる。これを「ミドルエイジ・クライシス(中年の危機)」と呼ぶ。 2024年、放送作家の鈴木おさむが32年務めた放送作家を引退することを発表した。体調を崩したわけでもなければ、仕事がうまくいかなくなったわけでもない。むしろ次々にヒットを生み出している最中に、突然「辞める」と発表したものだから、大きな話題を呼んだ。人は40代くらいから、無自覚な「ソフト老害」になってしまうこと。自分には必ず代わりがいること。人生を取り戻すにはマンネリを捨てる必要があること。そんな「辞める理由」が書きつづられた書籍『仕事の辞め方』は、多くのミドルエイジに共感され、瞬く間にベストセラーとなった。 いま欧米では「大退職時代(Great Resignation)」と呼ばれ、歴史上、類を見ないほど「人が会社を辞める」時代になっている。コロナ禍以降、私たちは働き方や暮らし方が問い直されて、それまで休みなく走り続けていた人も、一度立ち止まって、自分の人生について考えるようになったためだ。日本でも終身雇用の前提が崩壊して、いまや転職や副業、独立が当たり前になった。さらには人生が100年続くというから、何のために働くのか、自分は何がしたいのか、自分の「人生の意味」が問われる時代に突入したといえる。人々のキャリア観が「会社中心」から「人生中心」へ、まるで“天動説と地動説”並みにキャリアの中心軸が転換しているのである。 こうしたなかで、多くの中年にとっての通過儀礼になりつつある「ミドルエイジ・クライシス」は、現代の重要キャリア課題だといえる。しかしその処方箋は、本当に「仕事を辞める」しかないのだろうか。 ■危機の「メカニズム」 そもそも、なぜ人は中年で自分を見失うのだろうか。人生の意味が問われる時代になったことは、中年に限った話ではないはずだ。ミドルエイジ特有の危機は、どのようなメカニズムで発生するのだろうか。この謎を解き明かすヒントは、発達心理学における「アイデンティティ」の研究知見にある。 アイデンティティとは、「自分らしさ」についての感覚である。心理学者のエリク・H・エリクソンによれば、「自分らしさ」とは、過去から現在に至るまでの「連続的な一貫性」によって形成されるという。脈絡がないところに突然変異的に新奇な自分らしさが発現することはなく、アイデンティティには必ずヒストリーがある。 10代のうちは、一貫性と呼べるほどの経験の蓄積が浅いために、アイデンティティを見いだしにくい。家族の前での自分、教室での自分、部活のときの自分、恋人と過ごすときの自分がどれも別人のようにバラバラで、アイデンティティが「拡散」していく時期である。これを「統合」して「自分らしさ」を見いだしていくのが青年期、10代後半から20代前半にかけての発達課題になる。これが就職活動の前後で「自分は何がしたいのか」「自分は何者なのか」わからなくなり、若者が「自分探し」に出るゆえんであろう。