遺伝情報で病気はどこまで分かる?(下)発症リスクを正確に捉えることに期待
特定の疾患へのリスクを高める遺伝情報を調べる研究について、前編の記事では、乳がんの事例を中心に紹介してきました。病気と遺伝情報との関連を特定するために、こうした研究には、膨大な人数分のデータが必要になることが分かったと思います。一方で、遺伝子検査サービスを提供する企業が数多くあり、自分の遺伝情報を知ることは難しくなくなりました。遺伝子検査を受けて自分の病気発症リスクを事前に知り、予防や治療の選択に生かそうとする人もいます。 【図表】(上)乳がんの原因になる遺伝情報を見つける研究 ただ果たして、遺伝情報から病気のことはどれほど分かるものなのでしょうか。 後編のこの記事では、昨年11月に日本科学未来館で開いた研究者によるトークセッションの中から、桃沢幸秀氏(理化学研究所)と佐々木元子氏(お茶の水女子大学・遺伝カウンセラー)遺伝情報から分かる病気リスクや遺伝子検査の現状について語った内容をまとめました。
乳がん、糖尿病……遺伝情報からわかる発症リスクの現在
遺伝情報を調べることで、病気のリスクを知ることができる。病気を発症する前にその可能性を知ることができれば予防に生かせるが、果たして遺伝情報から病気のリスクはどの程度分かるのだろうか。結論から先に言ってしまうと、それは「病気や遺伝子によって、医療で利用できるものから研究中のものまで千差万別」ということになる。 例えば、前回の記事にも登場した乳がんと「BRCA1」遺伝子との関連性をみてみよう。予防的に乳房切除を行ったハリウッド女優アンジェリーナ・ジョリーさんがもっていたのは、遺伝子の病的な変異、いわゆる「バリアント」だ。耳慣れない言葉かもしれないが、バリアントとは遺伝子の塩基配列の個人差のようなもので、このバリアントが病気のリスクを高めてしまう場合は「病的バリアント」と呼ぶ。
ある研究によれば、BRCA1遺伝子に病的バリアントをもつ女性の50%以上は、60歳までに乳がんを発症したという(図1)。BRCA1遺伝子が乳がんに関連していることがよくわかり、この遺伝子に病的バリアントがあるかを遺伝子検査で調べることで、予防や治療に生かす可能性が期待できる。しかし、BRCA1遺伝子と乳がんのように、1つの遺伝子が特定の病気の発症に大きく関係している例は、実は非常に稀なのだ。 例えば、二型糖尿病や肥満に関連する遺伝子バリアントを整理してみると図のようになる。1つ1つの棒は私たちの染色体を示してあり、その横に文字で示したのが関連した遺伝子のある位置だ。