夫を殺害した男性は、心神喪失で不起訴になった。裁判官と受け答えができていたのに…「どうして殺されたの?」真相を求める遺族の苦悩は続く
▽わずか2行の告知 男性は取り調べに「施設に恨みがあり、誰でもよかった」と供述。さらに次のように不可解な主張を繰り返した。「職員に頭の中を見られていた」「ストーカーをされたから、やりかえした」。程なくして、精神状態を調べる鑑定留置が始まった。 男性は19年5月、「刑事責任能力がない」として不起訴処分になった。真理子さんに地検から詳しい説明はなかった。手元に届いた通知書はわずか二行。 「心神喪失で不起訴とする」 夫の名前は記載すらなかった。「私は被害者遺族ではなくなってしまった」。そう痛感させられた。 ▽絶たれた再捜査の道 2019年7月、審判が開かれた。真理子さんは裁判所に手続きをして傍聴した。男性から動機を聞けるかもしれないと期待したからだ。 だが制度上、被害者は意見を述べることができない。弁護士の同席も認められず、裁判官が男性にした質問の中には、その意味を理解しきれないものもあった。しかも、審判で事件に触れたのはわずかな時間だけ。社会復帰に向けた話し合いが中心であることに違和感を抱いた。
審判が開かれたのは、たった1日だけ。翌月、裁判所からの通知で男性が入院治療になったと知った。 何があったのかを知ろうと、検察や裁判所にさまざまな情報の開示を求めた。しかし、肝心の精神鑑定書や供述調書は黒塗りばかり。病名や入院先も個人のプライバシーを理由に伏せられた。 市民で構成し、不起訴の妥当性を判断する検察審査会に望みをかけた。いったん「不起訴不当」と議決が出たが、検察は2020年4月、再び不起訴とした。理由は前回と同じ、「心神喪失で罪に問えない」だった。 ▽遺族の権利は損なわれたまま 真理子さんの願いは、事実を知ること。しかし、自分で申し出なければ情報は得られない。さらに、その情報すら限られているのが現実だった。遺族にとって、真相を解明する刑事裁判の場を奪われることはつらすぎる経験だった。 被害者支援に取り組む濱口文歌弁護士はこう指摘する。 「精神疾患を抱える加害者の名誉やプライバシーは尊重すべきだが、本来保障されるべき被害者らの権利が侵害されてはならない。被害者の立場を重視した法改正を検討すべきだ」 ▽被害者の会立ち上げ