「過労死ラインは軽く超えています」長時間労働にハラスメント、持続可能な映画制作の現場をどうつくっていくか
良心を搾取される構造が残っている
もうやめようと思っていたころ、別の映画の依頼がきた。それほどきつくなさそうだと判断してその仕事を請けた。「そのときの上司2人がいい人だった」と佐藤さんは言う。 「一人は、撮影初日に体調が悪くて、『すみません、ちょっと横になっていいですか』と聞いたら、『いいよ、そういうときは無理してがんばるよりも言ってくれたほうが助かるよ』って言われたんです。人柄に威圧的なところがなく、続けようと思えたのはその人と仕事をしたことが大きかったです」 先述の性被害と交通事故で離脱した現場の制作会社とものちに関係が復活した。アフターケアをしてくれた当時のラインプロデューサーとまた仕事がしたいと思ったからだった。 映画制作の現場がすべてブラックだというわけではない。よろこびもある。しかし、理不尽に感じることも多々ある。 制作部のスタッフには、マイクロバスを運転できるように中型免許をとったり、高所作業をするのに必要な資格をとったりする人がいる。制作部は予算を管理する部署なので、「自分が資格をとることによって運転手や作業員を雇わずに済むのなら、その分の何万円かを美術さんや照明さんにまわしてあげたいと思うもの」と佐藤さんは言う。 「でも、講習は自腹がほとんどですし、時間とお金をかけて資格をとっても作業量が増えるだけです。最近はその分の報酬を追加する会社が出てきたと聞きますが、良心を搾取される構造はまだ残っていると思います」 佐藤さんは報酬の不払いにあったことはほとんどないが、事後的に減らされたことは何度かある。契約書は交わしていた。 「契約書に書かれた数字からいくらいくら減らしていい?と言われました。そのときは、自分の評価が低いんだと思ってのみ込んでしまったんですよ。でも、自分の能力不足をのみ込むのは相当苦しいことだし、だったら契約書って意味あるのかなと思いますよね」
現場の外に相談窓口が欲しい
映画制作現場における長時間労働や低賃金、セクハラパワハラ被害などの問題は何年も前から指摘されてきた。人手不足も深刻だ。 今年になって、映画監督やプロデューサーなどの俳優に対する性暴力や、スタッフへのパワハラが週刊誌等で相次いで報じられた。映画産業が本気でハラスメントを防止したいのであれば、製作会社が監督なりプロデューサーなりと結ぶ契約に「現場でのハラスメントを禁止する」という一文を入れることなども考えられる。 映画製作配給大手4社からなる日本映画製作者連盟に、こういった問題に対してどのような対応策をとっているかを尋ねたところ、経済産業省と連携して「映画制作現場の適正化」に向けての取り組みを進めている、という回答だった。 映画制作現場の適正化に向けた取り組みとは、経済産業省主導で、大手映画製作会社や職能団体などが参加して実施されている事業だ。ガイドライン策定や作品認定制度、スタッフセンターの設置などが検討されている。 一方で、それらの施策に現場の声がどれほど反映されているか、検討された内容がスタッフの労働環境を具体的に改善するか、チェックしていく必要がある。