「過労死ラインは軽く超えています」長時間労働にハラスメント、持続可能な映画制作の現場をどうつくっていくか
映像作家の歌川達人さんは、現場の声を聞く調査が十分でないことに、以前から疑問をもっていた。 「実態が見えないまま議論をしていると感じます。製作者やベテラン監督といった意思決定層側からの調査だけでなく、若手や女性スタッフがどういう労働環境に置かれているかを、労働者側の視点からも明らかにする必要があるのでは、と思いました」 歌川さんは昨年夏に、日本の映画制作現場のジェンダーギャップと労働環境、若手人材不足を調査・検証し、課題解決のための提言を行う任意団体「Japanese Film Project」(JFP)を立ち上げた。今年の春に一般社団法人化し、現在は8人で運営する。ジェンダーギャップを掲げるのは、労働環境の改善とジェンダーギャップの解消は表裏一体だと考えているからだ。
JFPは、ジェンダーギャップ調査やアンケートなどの量的調査と並行して、インタビューによる質的調査を重ねてきた。メンバーの一人、近藤香南子さんは、元は助監督として働いていたが、出産で現場を離れた。近藤さんが中心となって実施した女性スタッフへのヒアリングから見えてきたのは、非常に多くの人が、相談できる窓口を求めているということだ。 「それも、自分がいる現場の『外』に欲しいという声が多かったですね。何かを主張することで、めんどくさいやつと思われて次から使われなくなるんじゃないかという不安は絶対あるんです。キャリアのためにぐっとこらえてしまうことがあるので、相談窓口は利害関係のないところにあるべきだと思います」
メンバーの福田真宙さんは高校生のとき渡米し、大学卒業後、ロサンゼルスでプロデューサーとしてのキャリアをスタートさせた。ハリウッドもバラ色ではなく、セクハラやアジア人差別にあうこともあるが、それだけに、日本で似た苦しみを味わっている人のために貢献したいと、JFPに参加した。ハリウッドと日本の違いに驚くことが多い。 「契約書がないとか、労働条件の規定がないことに驚きました。ハリウッドの場合、商業映画は組合の規定に沿った内容で契約を提示し、結ばなければ、スタッフや俳優を起用できず、事実上撮影できません。撮影が始まってからも、現場に組合から代理人が来て労働環境を確認したり、労働時間や報酬、ハラスメントなどのトラブルがあれば、電話一つで組合が介入するシステムになっています。ハリウッドのシステムにも組合費が高いとか、加入できない人が守られないなど、課題もたくさんありますが、フリーランスが相談できる窓口は組合だけではなく、国、州、業界団体など複数のレイヤーでセーフティーネットがあります。その点は日本にも取り入れていきたいと強く感じています」 ここ数年、Netflixをはじめとする海外の配信会社が日本で映像作品制作を行うことが増えているが、近藤さんによれば、彼らは日本の制作会社に制作を委託するため、今のところフリーランススタッフの働き方に大きな変化は生じていない。しかし、外資が製作する現場を経験した日本人スタッフは、労働契約を結んでいる海外スタッフと、結んでいない自分たちとの格差を、確実に目の当たりにしている。