シリア・アサド政権崩壊という”大どんでん返し”が起こった理由…この先、世界にどのような影響を及ぼすのか
中東における地殻変動
アラブ連盟は、2023年5月7日、シリアの復帰を決めた。内戦によって、シリアは2011年以降、参加資格が停止されていたのであるが、連盟は、アサド政権が内戦での軍事的勝利を確実にしたと見たからである。サウジアラビアとチュニジアがシリアも、同じ観点からシリアと国交を正常化した。 アラブ諸国には、シリアを孤立させたことがシリアにおけるイランの影響力を拡大したという反省の念もあったのである。 アメリカはシリア復帰に反対したが、中東への関与を減らしてきたアメリカはアラブ諸国を動かすことはできなかった。アメリカの影響力の低下は否めない。一方ロシアは、アラブ連盟の決定を支持した。 そして、5月10日にはロシアの仲介で、シリアとトルコの外相が会談した。ロシアとイランの外相も同席した。トルコは、シリア内戦では反体制派を支援し、アサド政権と対立してきた。また、シリア北部のクルド人勢力を排除するために、トルコは越境攻撃を展開してきた。 トルコは、シリア難民340万人を受け入れており、難民に対する国民の不満も高まった。そこで、難民の帰還を実現させるために、エルドアン大統領は、シリアとの関係改善を図ろうとしたのである。2011年の内戦勃発以降、断交した両国の外相が直接協議するのは初めてであった。 アサド大統領は当事者能力を欠く凡庸な指導者であるが、これまでの経過から、シリアの現状を見れば、ロシアのみならず、欧米諸国も協力してアサド政権を支えていくしか他に手がないというのがこれまでの考え方であった。トルコやアラブ諸国は、その道を選択した。
政権崩壊の要因
ところが、その後、1年半経ったところで、アサド政権崩壊という大どんでん返しが起こってしまった。 その背景にあるのは、アサド政権の後ろ盾であるロシアが、ウクライナ戦争に集中せざるをえない状況にあり、アサドへの支援が減ったことがある。また、レバノンに拠点を持つイスラム教シーア派組織のヒズボラが、イスラエルとの戦争で弱体化し、停戦の余儀なきに至ったこともある。その停戦が発効した11月27日に反政府勢力は大攻勢を始めたのである。 アサド政権を支援してきたロシアやイランにとっては、大きなショックである。 アサド政権と対立するトルコが反体制勢力を支援したという。とくに「シリア国民軍」という組織がトルコを後ろ盾にしている。また、クルド人の組織「シリア民主軍(SDF)」はアメリカの支援を受けている。 アサド政権側の政府軍は、ほとんど抵抗しなかった。12月になってシリアを訪問したイランのアッバス・アラグチ外相に対して、アサドは、そのことに不満をもらしたという。 イスラム過激派組織「シャーム解放機構(ハヤト・タハリール・シャム、HTS)」が主導する勢力が、わずか12日で、父子が50年以上にわたって続けてきた独裁体制が崩壊させたのである。 しかし、平和裏に政権以降ができるかどうかは不透明である。アサドは、平和的な政権委譲を支持して、職を辞したという。また、ジャラリ首相は、「人々に選ばれた指導者と協力する用意がある」と述べ、HTS指導者のジャウラニと協議している。 イスラエルは、ダマスカスを空爆し、軍事関連施設やシリア国内のイランの武器庫などを破壊した。また、アメリカ中央軍はシリア国内のISの拠点75カ所を攻撃した。 アメリカは、HTSをテロ組織に指定しており、この組織が主導する政権が誕生する場合に、どのような対応をとるかは未定である。 シリアで安定した政権が容易に成立すると考えるのは楽観的すぎるであろう。今後の展開を注視したい。
舛添 要一(国際政治学者)