率直に問う 京都は歴史ある「古都」か? もはや単なる「テーマパーク」か? 悪マナー横行の“観光公害”で考える
観光客マナー悪化、問題深刻化
前述したが、観光目的で日本を訪れる外国人観光客が急増し、京都が観光公害の典型例になっている。祇園・花見小路の問題は、コロナ禍以前から懸念されていた。かつては初見の客を敬遠する格式高い歓楽街として知られていたこの地域も、今では観光客であふれかえっている。 舞妓(まいこ)や芸妓がお座敷に向かう時間帯にタクシーが停車すると、観光客が殺到して写真を撮るという問題はコロナ禍以降、さらに深刻化したようで、2023年12月には祇園芸妓街の関係者が京都市に観光客のマナーの悪さに対する対策を要請した。このとき、関係者から市長に手渡された観光客向けのメッセージには、 「祇園町はテーマパークではありません」 と書かれていた。なんと皮肉なことか。この事態は、京都、特に祇園地区のテーマパーク化、インスタ映え重視の観光が深刻な弊害をもたらしていることを明確に示している。問題は、舞妓や芸妓がテーマパークのキャラクターのように扱われ、ミッキーマウスと同じように見られていることだ。 これは京都の文化的アイデンティティーを著しく損ない、伝統文化の本質的価値をゆがめ、祇園独特の風情や品格を失わせる危険性がある。インスタ映えを追求するあまり、文化の深層や真の魅力が失われているのだ。 テーマパーク化の弊害をまとめると、 ・インスタ映え重視の体験の表層化 ・特定スポットへの過度の集中 といったところだろう。下世話にいえば、「中身スッカスカ」である。
テーマ化観光、歴史との葛藤
とにかく、SNSを通じて情報を得た旅行者たちは映えるスポットへと集中する。同志社女子大学の齋藤朱未氏・城戸優里奈氏による「京都観光におけるインスタ映えの特徴分析」(『同志社女子大学 総合文化研究所紀要』第37巻)では、京都府内のインスタ映えスポットを分析し 「京都で人気のインスタ映えスポットは伏見稲荷大社、八坂庚申(こうしん)堂、南禅寺、キモノフォレスト、竹林、正寿院であることが明らかとなった」 とし、それぞれの場所の分析を行っている。例えば、投稿分析で人を中心にした撮影がもっとも多い八坂庚申堂は 「八坂庚申堂はカラフルなくくり猿がインスタ映えすることで有名となり、多くの観光客が訪れ、写真撮影のための列ができている。そのため、写真に他者が写りこむ心配がなく、撮影対象物と自身を撮影することができる環境にある。このことが、人が中心の写真が多い理由の一つとなっていることが推測できる」 としている。この現象は、京都のテーマパーク化とインスタ映え重視の観光がもたらす深刻な弊害を示している。 そもそも、庚申堂のカラフルな外観に引き寄せられ、SNSに投稿できる写真を撮るために行列に並ぶためだけに古都を訪れることに、本当に意味があるのだろうか。このような行為は、京都の深い歴史や文化的価値を表面的なインスタ映えにすり替え、古都を単なる写真撮影スポットに矮小(わいしょう)化する危険性がある。 一方、テーマパーク化には肯定的な側面も存在する。川村学園女子大学・高山啓子氏の「テーマ化される観光とまちづくり」(『川村学園女子大学研究紀要』第25巻第1号)では、さまざまな観光は、すべてテーマ化されているとしている。 「近年では遊園地のみならず、レストラン、ホテル、ショッピングモール、動物園、博物館、イベント、地域、観光などに対して、さまざまなテーマが設定されており、テーマ化のあふれる社会といってもよい状況となっている。特に観光に関していえば、テーマ化はコンテンツ・ツーリズムと呼ばれる観光形態と深く関わっているが、むしろコンテンツ・ツーリズムだけでなく、いわゆるニュー・ツーリズムと呼ばれるさまざまなタイプの観光はすべてテーマ化された観光であると言うこともできる」 テーマ化とは、 「テーマが与えられていることによって、提供される側の経験は特別に意味のある、また楽しみのあるものとして差別化される」 ことを指す。観光産業では、その土地の歴史、文化、産業、著名人などをテーマとすることが多い。高山論文では、神奈川県横須賀市の事例で、軍港都市をテーマに、海軍カレー、ネイビーバーガー、軍港巡りを観光資源に加えた事例、昭和の漁師町として商店街の活性化を図っている神奈川県三浦市の事例も取り上げている。 つまり、テーマ化、テーマパーク化することによって観光地は魅力を高め、独自性をアピールすることができるというわけだ。