「お前、トレードって出てるぞ」“度会トレード”報道に先輩選手が猛抗議…ヤクルトを支えた「日本一のムードメーカー」DeNA度会隆輝の父の“愛され伝説”
「目標は親父です」の言葉に
その少年が15年後、DeNAからドラフト1位指名を受けて父子二代でプロ野球選手になった。今季の開幕戦ではいきなり3ランホームラン。続く2戦目でもアーチをかけ、4月26日の巨人戦では満塁ホームランを放つなど記録尽くしのプロデビューを果たした。 「あいつはいまだに『目標は親父です』なんて言うんですよ。『親父は15年やったけど、僕はまだ1年もやっていないから』なんてね。嬉しいけど、目標が小さすぎるだろ、ってね(笑)。そこはもっと上を目指していって欲しいところです」 ヘッドコーチとして指導するヤクルトのベースボールアカデミーの子どもたちにも、「度会選手のお父さん」と言われることが多くなってきた。ネットでは「度会のパパ」をもじり「パパらいさん」のニックネームもついたが、「ありがたいことですね」と目を細める。
退任の野村監督から言われた言葉
度会さんには、絶対に忘れられない思い出がある。それは1998年秋の本拠地最終戦後。この年限りで退任し、阪神の監督に就任することが決まっていた野村監督のもとに挨拶に訪れた時のことだ。 「本当にありがとうございました」 度会さんが頭を下げると、野村監督が切り出した。 「度会、お前、やっぱり野球をやるのに、元気って大事やなぁ」 そう言って、ニヤリと笑った。
4年越し…名将の“前言撤回”
それは4年前の1994年春、ルーキーだった度会さんにかけた言葉の続きだった。「自分の売りは元気」。そう口にした新人に「“元気”とか言っている奴に、ろくな選手はいないんだよ」とボヤいたあの言葉を、自ら撤回してみせたのだ。 「ずっと覚えていてくれたんだ、と思って……自分が必死でやってきたことをちゃんと見ていてくれて、少しだけ認めてくれた。そんな気がして本当に嬉しかったです。野村監督は『俺は月見草だ』なんて言っていましたが、本当は優しくてユーモアがある方。僕の中ではヒマワリみたいな存在でした」 2020年2月に旅立った名将との別れから、まもなく5年。亡き師の照れくさそうな笑顔は、今もまぶたに蘇る。〈全2回/前編から続く〉
(「プロ野球PRESS」佐藤春佳 = 文)
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