「私の史実はこれでいいです…」枕草子、誕生の経緯 大河ドラマ「光る君へ」 声に出して読むべき理由
音読をイメージしてつくられた第一段
水野:高畑さん演じる定子さまが声で枕草子を読まれたシーン、胸に響きましたね…。 たらればさん:ええ。録音して全段ぶん発売してほしいです(真剣)。 水野:たしかに(笑)。 たらればさん:これは皆さん、ぜひ一度試してほしいんですが、手元に枕草子を置いて、声に出して読んでほしい。 和歌は歌なので当たり前ですが、枕草子は散文でありながら、特に第一段については音読を強くイメージしてつくられているので。ぜひ声に出して、なめらかな感じと、浮かんでくる情景を味わってほしい。 <春はあけぼの。やうやうしろくなりゆく山ぎは、すこし明かりて。紫だちたる雲の細くたなびきたる> 抑揚がきいていて、メロディアスな文章です。それが高畑さんの声で耳にできたというのもうれしいですし。 ああ、枕草子の第一段は詞(ことば)である前に、詩(うた)なんだなあ…というのがよく分かって。 水野:子どもの頃、何度も音読しているうちに覚えちゃいましたよね。今回のシーンを見ていて、古典を勉強していてよかったなと思いました。 たらればさん:今はテキストファーストが進んでいて、黙読が当たり前。「ことば」における文字列と音の乖離が結構大きい時代ですよね。 一方で、そもそも日本語というのは、中国から漢字がわたってくるまで長く「音声のみの言語」でした。 それが漢字が入ってきて「文字」をともない、一気に成長するわけですが、それでも「声に出して読む」という和歌や韻文とともに発達してきました。 「枕草子」は散文ですけど、声に出すことを強くイメージして書かれた文章だと思います。高畑さんの声で聞いてみて、改めて心に響く「ことば」だなぁと再認識させてもらいましたね。
波乱含みだった「枕草子」研究
水野:習った上で忘れてしまったのかもしれませんが、清少納言が枕草子に不遇な中宮さまのことを書かなかった…という背景は知らなかったんですよね。 たらればさん:枕草子の執筆動機や成立論にはいろんな説があるんですが、これは中古文学界で有名な池田亀鑑先生の説で、<枕草子は、栄華の絶頂にありながら政変に巻き込まれて一気に不遇な環境へ転がり落ちた中宮定子の悲しみを一切描かないかたちで、栄華の部分のみにクローズアップして執筆された>と、そのように読んで改めて内容を吟味し解釈する必要がある、という、わたくしが非常に大好きな内容です。 それがNHK大河ドラマで採用され、美しいかたちで映像化されて……もう……。 水野:私も号泣してしまったので、分かります……。 たらればさん:枕草子の研究史はかなり波乱含みでして、今でこそ「源氏物語と並ぶ平安王朝二大作品」というように捉えられていますが、それはここ半世紀くらいの話で、以前はもっとずっと評価が低かったようです。 それにはいくつか理由があって、一つめは四系統二種類(池田亀鑑先生分類による)が伝わる写本ごとに、内容や順序のバラつきが大きくて本文(ほんもん)研究が進みにくかったこと。 二つめは前後に類似作品がなく文学史の系統に入れづらかったこと。 三つめは紫式部が日記でものすごく批判していて、源氏びいきの研究者から蔑まれていたこと、などがあるようです。 まああとは、そもそも清少納言のような進歩的な志向が気に食わない、受け入れられづらい、という時代性もあったでしょうし、そのうえで作品論と作家性が結びつけられがちな作風だったのも研究停滞のひとつの要因だったと思います。 そういうさまざまな背景がありながらも、枕草子を愛する文学研究者の皆さんが地道に研究を積み重ねてくれたおかげで、文学史的なポジションが向上し、作品研究や史実とのすり合わせが進み、いま、令和に生きるわたしたちも気軽に楽しめているわけですね。ありがたい話です。 水野:なるほど。ドラマをきっかけに枕草子の概要をつかみたいと思って、「100分de名著」の清少納言・枕草子(著・山口仲美)を読んだら、後生の読者が順番を入れ替えている可能性もあると書かれていてびっくりしました。 「枕草子はどこから読んでもいい」とたらればさんがいつもおっしゃってますけど、そういう理由もあったのか、と思いました。 たらればさん:鎌倉時代初期、枕草子が執筆された200年後くらいに、「偉大な作品はなるべく著者が書いた原文をそのまま写して記して残そう」と考えた藤原定家という人がそこそこ特殊だったわけで、そうでない大多数の写筆者は「こっちの方がいいんじゃないの」と自分なりに書き換えたり、順番を置き換えたり…ということが多々あった時代なんですね。